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第515話

チッ…… 「………負け犬は、どこまでいっても負け犬だな」 激痛に耐えかね叫び呻く屋久に、隼人の眼つきが冷めたものに変わる。眉間に皺を寄せたまま見下し、汚物を捨てるように突き放す。 「肝据わってんな、お前」 裸体を晒し口の周りを血で汚した僕に、邪気の孕んだ黒眼を向ける。 「……俺が、調教してやるよ」 ギシッ…… 獲物を仕留めた捕食者の如く、威圧的に僕を見据える眼。 膝を付いてベッドに上がると、動けずにいる僕の上に跨がり、左手で僕の首に手を掛ける。 「……」 黒革の首輪なんて、意味はない。ずらしてしまえば簡単に絞められてしまう。 ハイジの時は、暗示のような……只の抑止力でしかなかった。 「おい、お前…… 俺は基成のように、生半可なやり方はしねぇからな」 「……、」 頸動脈に食い込む指。押さえられた所が、ドクドクと脈打つ。 次第に脳がジリジリと痺れ、苦しさや恐怖を感じるより先に、意識を失いそうになる。 「お前の主人は誰か。解るまで……何度でも、死の淵に追い込んでやる」 その眼は、邪気を孕み冷静さを失ったハイジと、狂気的でありながら妙に落ち着き払った若葉に似ている。 人を人とも思わない──人の痛み命さえも軽んじる、底知れぬ猟奇的な眼。 ──美沢大翔(みさわたいが) もし、この人に捕らわれてしまったら……抜け出せない…… ……僕は一生……奴隷だ。 「……」 逃げなきゃ…… どうにかして、逃げないと…… そう思うのに、身体が全然言うことを聞いてくれない。 このまま無抵抗を貫いたとしても、何も変わらない。隼人の行動は、怒りの衝動から生まれたものではないから。 でも、それならどうやって…… 遠退いてく意識の中で、必死に思考を巡らせる。 抵抗してもしなくても、ルートが違うだけで、きっと結果は同じ。 なら、非力であっても……抗わなくちゃ。 ……例え、その結果が早まったとしても。 僕は、操り人形なんかじゃない。……意思のある人間なんだって所を、見せなきゃ。 「……、」 そう決意したのに…… 手も足も、何もかも動かせない。 末端は既に痺れて感覚がなく、目の前を飛ぶ小さな虫達が、視界を遮る。

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