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第516話
できる事といえば……気迫だけ。
絶対に屈しないという意思を、隼人にぶつけるしか……
焦点が合わなくなるのを堪え、隼人をじっと見つめ返す。
その視線に、強い意思を乗せて。
「……テメェ、何だその目は」
パシンッ……
頸動脈を押さえたまま、もう片方の手で僕の頬を平手打ちする。
パン、パシッ……
それは、一度ではなく、二度、三度……と続き……
頬が、熱く腫れ上がっていくのが解った。
空間に響く、乾いた音。
ドクドクと耳奥で鳴る脈音に掻き消されるかの如く、微かに遠くから聞こえる。
腫れぼったく、ジンジンと痺れているのに……
これが現実なのかどうか……解らない。
自分自身が、只の肉の塊になったよう。
感覚が、おかしい……
……もう、何も感じない。
ああ、死ぬんだ……
……死ぬんだ……僕は……
ごめんね、静。
折角、僕を助けようとしてくれたのに……
……ごめんね……
「──やめろッ!」
それまで沈黙を保っていた基泰が、大声で叫ぶ。
その瞬間──隼人の手が緩み、一気に空気が肺に取り込まれる。
ヒュッと鳴る喉。上擦る呼吸。
バクバクと心臓が暴れ回り、溺れ死にそうな程に激しく息継ぎをしながら咳き込む。
そんな僕を他所に、隼人がベッド下へと顔を向ける。
それにつられ、薄く瞼を持ち上げたまま視線を同じ方向へと移動させた。
「これ以上……さくらを傷つけるな」
手足を背面で一つに束ねられていた基泰が、うつ伏せ状態のまま芋虫のように蠢く。
その様子が滑稽だったのだろう。口元を歪めた隼人が、僕から完全に手を離す。
「……オイ、そこのテメェ。ボーッとしてねぇでサッサとやれ」
「、はい……」
いつの間に、そこにいたんだろう。
筋肉隆々の男が、湿った髪にバスローブ姿でベッドの足元に突っ立っていた。
「……」
なんで……この人が……
こんな格好で……
……もしかして……
あのまま、屋久の思い通りに事が進んでいたら……
基泰の代わりに、この男を交えて……3pでの撮影になっていたかもしれない。
それを……直前で若葉が阻止した。
そうとしか、思えない。
どんな理由であれ……若葉は、僕自身を守ってくれたんだ。
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