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第526話 【エピローグ】

××× 見知らぬ、天井。 僕を囲むように取り付けられた、カーテンレール。 視界の端に、ホルダーにぶら下がった点滴袋がぼんやりと映る。 「……」 ああ……やっぱり…… 僕はまた、別所に囚われてしまったんだ。 小さく溜め息をつき、ゆっくりと瞬きをひとつする。 あの時見た夢は……僕の願望。 只の、幻覚。 それなら……あのまま目が醒めなければ良かった。 ずっと、竜一に抱き締められていたかった。 例え、幻影だったとしても…… ピッピッピッピッ…… 遠くから聞こえる、機械音。 ざわざわとざわめく中を、右から左、左から右へと忙しなく動く白装束達。 「……あ、気が付いたみたいです」 膨張した、女性の声。 覗き込んだ顔が、まるで灰色の水彩絵の具で塗りつぶされたかのよう。 「先生に連絡」 「──はいっ!」 一体、何が起きてるんだろう。……わからない。 ぼんやりしていると、もう一人の女性にトントンと肩を叩かれる。 「名前、言えますか?」 「……」 くぐもった声。 僕の耳元で喋り掛けているのに、聞き取り辛い。 別の女性が、左右のカーテンを半分閉めて離れていく。 「……」 何だか、思っていたのと様子が違う。 カーテン越しから聞こえる、忙しない足音。人の話し声。機械音。……呻き声。 「………ここ、は……?」 無意識に、口をついて出た言葉。 凄く馬鹿な質問をしたと、自分でも思う。 ざわざわした室内。 白衣の裾を靡かせて飛び回る、医師達。 この様子をひと目見れば、誰しもが解る状況なのだから。 「ここは、ICU……集中治療室です」 「……」 「運ばれたの、覚えてませんか? 貴方は、極度の栄養失調な上に、薬物投与による……」 何やら作業をしながら、淡々と答える看護師。……だけど。次第に声が遠くなり、耳鳴りのような細い音が脳の中枢を鋭く貫いた後、直接鼓膜に響く。 「……」 ……もし、これが現実なら…… あの時助けてくれたのは……本当に、竜一……? そう思ったら、絶望に打ちひしがれ冷え切っていた胸の奥が……次第に雪が解けていくように、温かくなっていく。

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