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第527話

××× 「やっと、目が覚めましたね」 瞬きを二回……三回、と繰り返せば、視界に映る柔やかな顔をした白衣の女性が、点滴を替えながらそう話し掛けていた。 「……え……」 一瞬、何が起こったのか解らず、再び四回、五回……と瞬きをする。 どうやら僕はずっと、昏睡状態だったらしい。 ICUから一般病棟に移って、約一週間。僕の身体の中に巣くっていた毒物が抜け、全て正常な数値に戻っても、心までもが衰弱しきっていた僕は、中々意識が戻らずにいたそうだ。 痩けていた頬に赤みが差し、少しふっくらとして見えた頃……時折、物音に反応して薄く目を開けていたらしい。点滴を替えに来た看護師さんの顔をぼんやりと確認した後、安心したようにまた眠りについたそう。 勿論、僕にそんな記憶はないけど。 「家族の方をお呼びしますね。……あ、でも……もしかしたら、もう直ぐいらっしゃるかも」 話しながら腕時計に目をやった看護師が、再び柔やかな笑顔を僕に見せる。 「……」 家族── その響きのせいで、アメーバの如く胸に苦みと不安が滲み広がる。 直ぐに思い出されたのは──軽蔑した冷たい眼を向ける、母。 その瞬間。身体が緊張で硬直し、ピクンと跳ねた指先が、ジリジリと痺れる。 「………多分……来ないと、思います……」 随分と擦れた声。 思った以上に、喉が張り付いている事に気付く。 白の掛け布団を片手で掴み、僅かに引き上げる。何とか鼻先まで覆うと、清潔感のある優しい匂いがした。 「そんな事ないですよ。……だって、毎日面会にいらしてるんですから」 作業の手を止め、笑顔を見せる看護師の頬が、ほんのりと赤く染まるのが解った。 「……」 ……ああ、そっか。 家族──アゲハが、毎日ここに来て…… 「……ぇ」 アゲハ──?! 思わず声が漏れてしまい、自分でも驚く。 ……アゲハが…… アゲハが助かって……毎日、ここに……? ぱちんと大きく瞼が持ち上がれば……それまで何となく大人しかった心臓が、水を得た魚のように激しく動き出し、指先にまで熱い血潮が送り込まれた。

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