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第528話
広い個室。
白いカーテン越しに零れる、暖かな陽射し。
繋がれて自由に動けないのは、それまでと変わらないのに。安堵感と開放感が、胸に広がっていく。
「……」
だけど、何だろう。其れ等と共に存在する、不安感。
この奇妙な感覚のせいで、僕という人間がオカシイような気がして。……余計、不安に陥っていく。
目を瞑れば、瞼の裏に映し出されたのは……首を掻っ切られたアゲハの姿。飛び散った、生温かい血の感触。
それでも。アゲハが無事だと解って……良かった。もう僕のせいで、傷付いて欲しくないから。
「……」
蕾は……どうしてるだろう。
一瞬でも理性が働いて、暴走を阻止しようと、自分の腕に噛み付いていた……
僕と一緒に暮らし始めて、人間らしく成長したけれど。……でも、まだ外に出るには、危険すぎる。
……モルは……
思い出すだけで、胸の奥がチクンと痛む。
『信じて下さいっス、姫!』──あの時僕は、モルよりも、映像と吉岡の言葉の方を信じてしまった。そのせいで、モルを傷つけ、カップル狩りグループにまで堕とされて……
取り返しのつかない事をしてしまった。
モルがそんな事するわけ無いって、少し考えれば解る筈なのに。これまで、どれだけモルに救われたか……解ってる筈なのに。
瞼を薄く持ち上げれば、目尻から熱い涙が一筋、流れ落ちる。
「……」
どうか。無事でいて……
情けない程に何も出来ず、そう願う事しかできなくて。
そっと瞳を閉じ、暖かな陽射しに包まれる二人の姿を、瞼の裏に思い描く。
コンコン
ノックの音がした後、勢いよくドアが開く。
その奥から現れたのは、背の低い人影。つかつかと足早に近付いてきた、その人物は……
「──ひめっ、!」
赤い髪を後ろでひとつに束ね、フード付きの白いパーカーを羽織り、面会許可証を首からぶら下げた──モル。
「……」
……え……
これは、幻影……?
それとも……夢……?
カーテンから差し込む斜陽の光を浴び、その中で一層キラキラと輝きを放つ笑顔。
「………モ、ル……?」
じっとその姿を見つめ、唇から小さく名前を漏らせば……一層明るい笑顔を見せたモルが、瞳を潤ませながら僕へと駆け寄った。
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