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第529話
「……目ぇ醒めたんッスね!」
綺麗に口角を持ち上げ、明るい笑顔を浮かべるモル。
「あー、良かったッス。姫の意識が戻って、マジで……嬉しいッス!」
安堵の声を上げながら、ベッドサイドに両手を付き、更に僕の顔を覗き込む。
僕を見下ろす、二つの大きな瞳。キラキラとしたその水鏡に、虚ろげながら瞳を揺らす僕の顔が映る。
「……」
掛け布団からそっと手を出し、モルの方へとゆっくり伸ばす。
骨と皮だけになってしまったような、手の甲。小枝のような細い指。その指先が、涙で濡れた頬に触れる寸前、僕の手を引き取ったモルがキュッと握りしめる。
「……すいませんッス、姫」
「……」
「俺が、頼りなかったせいで、……こんな……」
眉尻を下げ、苦しそうにモルの顔が歪む。それまで保っていた笑顔はすっかり消え、堰を切ったように次々と涙が零れ落ちる。
僕の手を両手で包んだモルの手が、少しだけ震えていた。
「……」
そんな事、ない──
モルがいなかったら、僕は……
ゆっくりと瞬きをした後、小さく首を横に振る。
ごめんね、モル……
そう伝えたいのに。
……どうしたんだろう。喉の奥が詰まって、中々声が出てくれない。
「いま、竜さんに連絡入れますね。今度こそ竜さん、ちゃんと来ますから」
「……」
「……だから、安心して下さいっス!」
震える声。
僕のせいで、巻き込まれたのに。
きっと、僕以上に辛い思いをしてきた筈なのに。……どうして。
モルの真っ直ぐに向けられる優しさが、柔らかい棘でも刺さったように、……心が痛い。
ごそごそとポケットから携帯を取り出し、親指で器用に操作すると、グイと腕で雑に涙を拭きながら背中を向ける。
「……あ、竜さんッスか……!?」
携帯を耳に当て、モルが顔を上げる。再びグイと涙を拭えば、一層明るく元気な声を上げ、一度も此方を振り向く事無く病室から出ていった。
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