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第530話
×××
「竜さん、いま向かってるそうなんで、直ぐ着くと思いまス」
暫くして、コンビニ袋をぶら下げたモルが、明るくそう言いながら戻ってくる。先程まで見え隠れした陰りはもう無く、僕のよく見知った、明るくて元気な雰囲気を醸し出しながら。
「さっき下のコンビニで、適当に買ってきたんッスけど。……りんごジュース、飲みますか?」
そう言いながら、棚の横に畳んであったパイプイスをセットして座る。
「……ん、」
こくんと小さく頷けば、僕の返事にモルが嬉しそうに笑顔を見せる。
「他に何か、いるもんないッスか?」
「……」
「あれば、買ってくるんで。遠慮無く言って下さいッス!」
そう言いながら、ごそごそとコンビニ袋から果汁100%のりんごジュースを取り出すと、ストローを挿して僕に寄越す。
「……」
伸ばした手。
その萎れた手が、僕を一瞬で現実に引き戻す。
まるで、何事も無かったかのように、余りに自然に振る舞うから。……忘れそうになっていた。
「………ごめんね、モル」
ずっと言いたかった言葉が、唇から零れ落ちる。
やっと伝えられた事に、安堵から心が少しだけ軽くなる。
「あの時、モルを信じきれなくて……」
「……」
モルの、驚いた顔。
目を見開いたまま、僕の顔をじっと見つめている。
「……」
──え。
一瞬にして変わってしまった空気に、否応なく不安がのし掛かる。
もしかして、触れられたくなかった……?
時間の経過と共に葬り去った過去を、今更掘り返すものでは無かったのかもしれない。
そう思ったら、突然呼吸が苦しくなり、バクバクと心臓が跳ね……別れ際に受けた、ハイジからの暴力と気迫が蘇る。
……あの時も僕は、ハイジを傷つけてしまったから。
「仕方ないッス!」
少しだけ眉尻を下げたモルが、白い歯を見せながら、明るい笑顔で言い放つ。
「あんな映像見せられたら、誰だって吉岡の言葉を信じちゃうッスよ」
「……」
……違う……そうじゃない。
上手く言えないけど……そういう一般的な見解じゃ無くて。
──『僕』だから。
モルの近くにいた、僕だから。
だから、惑わされちゃ駄目なのに……
「……でも、そう言って貰えて……凄ぇ、嬉しいッス……」
静かに。そっと目を伏せたモルが、続けて言葉を紡ぐ。
「……俺、アセクシャルって奴らしいんッスよ」
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