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第531話
アセクシャル……
聞き慣れない言葉に、全然理解が及ばない。
「元々、性欲がないんスよ。
人を好きになる感覚と、恋愛感情の違いも……未だによく解んないッス」
「……え」
それは、過去の出来事が関係して……?
蕾から聞いた、モルの異常な幼少期時代。その一部が思い出されて……胸が痛い。
「でも、そのおかげで都合良く使って貰ってんスよ。
やっぱ最初は信じて貰えなかったんッスけど。俺、若葉さんから発する甘っとろい匂いに、反応した事ないんッス。一度も」
「……」
「『そんな奴は、お前が初めてだ』って。あの美沢さんに認められてから、色々良くして貰ってたんッスよ……」
「……」
「勿論、竜さんにも」
……え……
竜一は、知ってたの……?
最初から、モルがそういう体質だったって。
じゃあ、モルが虎龍会から外れたのは……ただの偶然?
「あの日は、若葉さんの事件があった日で。春とはいえ、夜は真冬みたいに寒くて。
そんな中、事情聴取を受け続けた姫は、俺の薄い春コート一枚羽織っていただけだったせいで、……酷く身体が冷え切ってたんッス」
「……」
……思い、出した……
確かにあの日は、春コート一枚だけではとても寒い夜だった。
だけど、あんな──目の前で、アゲハの首が掻き切られて。突然、若葉に命を狙われて。逃げ切れた後も、全然……落ち着かなくて。
色んな事が一気に巻き起こって。襲いかかって。感情や感覚が……自分でもよく解らなくなってた。
「アパートに着いて、意識を失いかけてた姫を毛布で包んで。エアコン付けたりお風呂も涌かしたんスけど、……震えが止まらなくて」
「……」
「その時にはもう……動かせる状態じゃなかったんッスよ。
だから、応急処置として。俺の体温を全部、あげるつもりで──」
……そう、だったんだ。
モルが助けようとしてくれた行動が、いつの間にか誰かに録られていて……吉岡に、悪用された。
もし僕が、吉岡に惑わされず信じていれば……あの時モルを助けられたかもしれないのに。
「そんな顔しないで下さいっス!……俺、今回ほどアセクシャルで良かったって、思った事ないんッスから」
「……」
自身の膝元に引っ込めていたパックジュースを、もう一度僕の方へと寄越す。戸惑って受け取らなかった僕の手中に、半ば強引に収め、優しく両手で包み込む。
「……俺、この体質のお陰で、スネイクリーダーの運転手をやらして貰ってたんッス」
「……」
モルの瞳が、僕ではない……何処か遠い過去を映し出す。
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