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第532話

「……お前、蕾の弟なんだって……?」 あの日。夜景の見える展望台の駐車場にて。 両脇を抱えられ、ワゴン車に乗せ替えられたモルは、首にタトゥーの入った運転手の男──真木に話し掛けられる。 「うちのグループは、他と違って優しくないからな。……覚悟しとけよ」 強い口調で車内に響かせれば、モルの隣に乗ったチャラそうな男──(しゅう)が、運転席の肩部分をリズミカルに叩き、バカみたいに燥いだ。 その言葉通り、暫くすると新人教育という名の洗礼──性的拷問の実践練習が行われた。某ビジネスホテルの一室。縛られた手首。その紐が、ベッドの柵に括りつけられた、小柄な女性。 「……お前、オンナの一人や二人、抱いた事あるんだろ?」 「何せ、蕾の弟だからなァ……!」 真木の言葉に乗っかって、隣で茶化す愁。 開けた胸元。スカートの裾から覗く、太腿。破けたストッキング。 その骨格や雰囲気から、直ぐに女装子──愛沢響平だと気付く。 「いや、オトコか……」 「……」 そう呟き、口の片端を持ち上げる真木。この状況にも関わらず、強気なつり目を真木からモルに向け、気迫だけで跳ね返そうとする響平。 「……まぁ、どっちでもいいや。 誰の指示で動いていたのか、……口を割るまで()れ」 言うか言わないかのうちに背中を押され、蹌踉けたモルがベッドの足元に両手をつく。 伏せた顔。眉間に深い溝を刻んで。 「……クク、……アハハッ、」 その様子が可笑しかったのだろうか。突然響平が、堪えきれずに吹き出す。 「ソイツが、ボクを?!……笑わせないでよ。見るからに童貞クンが、夜通しボクの相手なんか、出来る訳──」 「──相手なら、ここにもいる」 それまで、黙って遠くのソファに座っていた八雲がスッと立ち上がり、その傍らで大人しく床に座っている蕾にチラリと視線をやる。 「お前なら知ってんだろ、響平。……コイツは黒くて長いものを見ると、誰彼構わず強姦(オカ)しまくるんだよ」 「……」 八雲の言葉に、響平が息を飲む。その雰囲気が伝わったのか。目隠しされたままの蕾が、八雲から響平へと顔を向けた。 「なぁ、響平。俺らはギャラリーじゃねぇんだ」 ジャラ…… 黒革の首輪。それを見せ付けながらベッドへと近付く。そして響平を見下ろすと、穏やかな顔付きで丁寧に首に巻き付ける。 「……、」 その時、八雲の唇が響平の耳に寄せられ、何やら耳打ちする様子が窺えた。

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