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第534話
「……そん時俺、盛大に吐いちゃって。失神してたらしいんッス!」
あっけらかんとしながら、モルが後頭部に手をやる。
……そんな……
フラッシュバックを起こしたんだろう。辛かった筈なのに。
それを、笑顔でサラッと言えてしまうモルは……凄い。
「で、結局。真木班では取り扱えないって話になって。たまたま空きのあった深沢さんの運転手に、任命されたんッス」
「……」
「何でも、……前の運転手が、深沢さんの取り巻きの女性達に手を出しちゃったらしいんッスよ」
取り巻きの女性達──それは、深沢の側にいた、頭の天辺から爪先まで白尽くめの女性達の事だろう。
倫も寛司も、その格好を強いた深沢に対して、『悪趣味』って言ってたっけ。
「その点俺には、そういう心配が無いっスから」
「……」
「案外、楽しかったんッスよ。彼女達、結構お喋りでさ。俺を弟みたいに可愛がってくれたんッスから」
「……ぇ」
あの、人形 のような彼女達が……モルと、お喋り?
全く想像ができず、瞳を少しだけ揺らしてモルの顔を窺う。
「元々彼女達は、キャバやSM嬢だったんッス。
商談の場で、取引相手を『接待』してたらしいんっスが。その中の一人に気に入られてシャブ漬けにされそうになった所を、深沢さんに救われたらしいんッス」
「……」
過去の過ちから、スネイクでは麻薬を売らない──確かに、そう言っていた。
でも、まさか……そこまでするなんて……
そう思ったら、一貫して冷酷だと思っていた深沢に、初めて人間らしい一面を垣間見た気がした。
「そういえば、深沢さんのパーティーでの話聞きました。
VIPルームに入ってきた姫と菊地さんは、羨ましい程仲睦まじく見えたって。
実はその後、遠目だったんッスが……見掛けた事があるんス。身体を寄せ合って、倫さんの店に入って行く所を」
「……」
パーティーの後に、倫の店……
……そうだ。吉岡が、竜一に貰ったピアスを付けていて……揉めた時だ。
「そん時、思ったんッス。
もし姫が今、幸せなら……このままでいいんじゃないかって」
「……」
「でも、やっぱり……俺の勘違いだったんスよね」
モルの表情に、明らかな陰りが見える。
「菊地さんが殺されたって情報が入った時、真っ先に疑われたのが……姫ッス」
「……」
「それで気付かされたんッスよ。姫が菊地さんに宛がわれたのは、……この為だったんじゃないかって」
僕からスッと視線を外す。申し訳なさそうに、眉尻を下げながら。
「もし姫が、そのせいでずっと……苦しんでいたとしたら……」
………モル
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