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第539話
意思の強い真っ直ぐな瞳に、五十嵐がハッと我に返る。それに堪えきれなかったんだろうか。小さく泳がせた後、直ぐに伏せられる視線。
「……ごめん」
それまで強気だった五十嵐が、弱々しく呟く。
「連れていかれた」
……ザァー、
降りしきる雨の中、吐き出された台詞。思いも寄らないその言葉に、モルの瞼が大きく持ち上がる。
「八雲さんに、連れて……」
「──!!」
ザァ──ッ
……パシャパシャ、
思うより先に、足が動く。水溜まりを気にも止めず、一気に詰める距離。手を伸ばし、五十嵐の胸倉を掴み上げる。トン、と弾みでぶつかり、足元に落ちる傘。
「それ、どういう事ッスかッッ……!!」
明らかに変わる声色。眼付き。
それまで辛うじてあった温和な雰囲気は消え、鋭く尖った冷たい視線──裏社会に生きる人間だけが持つ、ドス黒いオーラを放つ。
その気迫に半歩後退りながらも、懸命に堪える五十嵐。
「……菊地さんを殺したのは、俺だ。さくらは関係ない」
「……」
「その指示を出したのも、真木さんじゃない。……吉岡さんだ」
ザァ──、
容赦なく、二人を襲う雨。
髪や服を濡らし、重みを増していく。
「さくらは無実だと、証言する。……いや、させてくれ。
助けたいのは、俺も同じだから」
「──!!」
濡れ滴る前髪。その先に見えたのは……最初に受けた印象とはまるで違う。五十嵐の、決意に満ちた真剣な眼差し。
「……それで五十嵐を、深沢さんの所に連れてったんッス。
姫を救えるなら、自分はどうなっても構わないからって」
「……」
「……成る程。確かに筋は通ってる。だが、お前を信用した訳じゃねぇ」
二人掛けソファの真ん中に陣取って座る深沢が、組んだ足を静かに降ろす。
全身白尽くめ。座るソファすら白く、眩しい程の照明に照らされ、一点の曇りももなく輝いている。
「それを裏付けるだけの証拠は……あるんだろうな」
「……」
それまで深沢に全てを吐露した五十嵐が、気まずそうに口を噤む。そしてモルの顔をチラリと見た後、内ポケットから何やら取り出した。
「証拠なら……あります」
それは、二枚の黒いsdカード。
「……ひとつは、生前の真木さんから渡されていたものです。愛沢響平に、菊地さん殺しを持ち掛けられた時の音声データだそうです」
「……」
「もう一枚は、自分が隠し撮りしたもので。内容は……聴けば解ると思います」
怖ず怖ずと差し出された其れ等を、深沢の指示でモルが受け取ると、白いノートパソコンに差してデータを読み込む。
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