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第542話

──ドスッ! 「……おぃ、てめぇ。アゲハを何処へやった!!」 裏路地に引き摺り出した後、有無を言わさず腹に一発蹴りを入れる辻田。 ぐぇッ、と奇妙な音を吐き、道端に転がった吉岡が嘔吐きながら踞る。 「答えろ!!」 ──ゴッッ、ゴギャ、 吉岡の髪を鷲掴み、二度額を凸凹のアスファルトに叩き付ける。 「……ぅえ″、ぇェ……、っ」 「俺は気が短けぇからよォ。……早くしねぇと、うっかり殺しちまうぜ?!」 容赦なく髪を引き上げ、顔を擡げさせれば、割れた額から血がぽたぽたと垂れる。 「……ぁ、アゲハ……は………」 睨みを利かせた顔を寄せれば、吉岡の虚ろな瞳が揺れ、唇が小さく動く。 擦れて殆ど聞き取れない程の、か細い声。だけどそれは、辻田の耳に届くには充分だった。 「………行くぞ、モル」 汚物でも投げ捨てるかのようにして吉岡から手を離すと、立ち上がった辻田が、行きがけの駄賃に吉岡の横腹を蹴り上げる。 「もうコイツに用はねぇ……」 「──ま、待って下さいッス!!」 突然の裏切りに、同行していたモルが慌てて呼び止める。 「また竜さんを、裏切るつもりッスか……?!」 震える手を握り締め、辻田の前に回り込み、腹に溜めていた感情をぶつける。 「……うるせぇ、この腰巾着がァ!」 「俺の事は、どう罵って貰っても構わないッス。……でも、ここで裏切ったら……もう後戻り、出来なくなりますよ」 「……」 必死で引き止めるモルに、怪訝そうな顔付きをした辻田が上から睨む。 「アゲハさんが、……悲しみます。自分の命を掛けてまで、守り抜こうとした姫を、辻田さんが見捨てたと知ったら……」 「──知ったような口を利くんじゃねぇ!!」 眉間に深く刻まれる皺。吊り上がる眼。足早に距離を詰め、片手が伸び、喉元を絞め上げるようにしてモルの胸倉を鷲掴み、踵を地面から浮かせる。 「テメェに何が解るッッ……!!」 憎しみの籠もる、血走った双眸。その眼を間近で合わせれば──ドス黒い闇の奥に、海よりも深い悲しみと絶望が見え隠れする。 「……、」 絞まっていく喉。本能で辻田の腕を掴んだ手が、小刻みに震える。 「……下らねぇ説教垂れんなら、他所でやれ」 トサッ…… 突き落とすように、辻田が手を離す。 膝から崩れ落ち、尻餅をつくと、大気中の空気が大量に吸い込まれ、モルの喉がヒュッと鳴る。 真っ赤な顔を伏せ、背中を丸めて咳き込むモル。それには目もくれず、駐めた車へと向かいながらペッと道端に痰を吐き捨てる辻田。 「……いえ。これだけは言わせて下さい」 喉元を抑え、肩で息をしながら声を絞り出す。 「情報は、共有するモンっすよ。 辻田さんが調べている大麻(ヤク)の情報──ハイジをそそのかした人物の情報を、深沢さんは隠し持っているんッスから」

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