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第546話

竜一が、そんな大変な立場にいたなんて……知らなかった。 それでも。僕との時間を作ってくれて。 僕の心配まで、してくれて…… ……なのに僕は。 そんなの何にも知らないで。竜一に会える喜びよりも、一緒に過ごす時間が僅かである事に、淋しさや不安、不満を抱えていた。 「……」 竜一の事を思うと、胸の奥がぎゅぅっと締めつけられる。鼻の奥がツンとし、目頭が熱くなっていく。 次はいつ会えるのか。いつ連絡が来るのか。 掃除をしたり、買い物をしたり、料理をしたり。そんな、何でもない日常をやり過ごしながら、その日が来るのを心待ちにしていた。 そんな毎日も……竜一が僕にくれた、とても平穏で幸せな時間、だったのに── 「……す、すいませんッス!」 ガタンッ。 イスから立ち上がり、慌てふためくモルが僕の顔を覗き込む。 ゆっくりと瞬きをし、視線をモルに移せば……つぅっ、と目の際から涙が溢れ落ちる。 「でも、決して竜さんは、姫を後回しにしてた訳じゃないんッス!」 「……」 「寧ろ、その逆で…… 最初から、姫を助ける為に動いてたんッスよ!」 申し訳なさそうに。眉尻を下げ、必死に弁解するモルの顔をじっと見つめる。 「……」 ……もしかして、モル。 竜一が僕を蔑ろにしてたと勘違いして、泣いたと思ってる……? 「今回の一件で、もし落とし前をつけられなかったら……竜さんだけじゃないんッス。 未だに美沢さんは、……姫を自分の人形(オモチャ)にしようと、企んでるんッスから」 「……え……」 瞬間──思い出されたのは、若葉と一緒に暮らしていた時の光景。 『お前が、さくらか』──アパートの外廊下ですれ違った、ドス黒いオーラを放つ全身黒尽くめの男性。 貫禄があり、見るからにソッチ系だと解る風貌。どれだけの闇を背負っているのか。計り知れない程真っ黒な双眼が、僕を見下ろす。 僕が震えている事に一瞬で見抜き、そう言ってすれ違い様手を伸ばし、僕の額にキスを落とした……あの── 「……竜さん、言ってました。 荒らされて、姫の居なくなった部屋を目の当たりにした時、……身を切られるような、やり切れない思いをしたって」 「……」 竜一…… ツキン、と胸の奥が痛くなる。

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