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第548話

竜一が、いる。 夢なんかじゃなくて。今度は本当に、竜一が…… 「……」 そう思うのに。何だかまだ、信じられなくて。 現実感が、なくて。 もしかしたら、本当の僕は──コブラが所有する箱庭の中にいて。以前住んでいたアパートをぼんやりと眺めているうちに、泡沫の夢を見てしまっただけ。 きっと目が醒めたら、隣で僕の作った料理を一所懸命食べている蕾が…… 「久しぶり、だな」 空間を響かせる、低くてセクシーな声。僕の鼓膜を叩き、現実だと教えてくれる。 「……ん、」 途端に、胸の奥にある柔らかな部分が小さく震える。 ……居る。 ちゃんと竜一が、ここに── トクン、トクン、トクン…… キュッと柔らかく締めつけ、心臓が速い鼓動を打つ。 ずっと待ち望んでいた竜一。 その竜一が、直ぐそこにいる。 早く触れたくて……触れて欲しくて、仕方がない。 「………竜一」 なのに。 竜一は、そこから一歩も近付いて来ない。 新緑萌ゆる、春の緩んだ空気の残る五月初頭に。突然、穏やかな日常を奪われてから……ずっと、会えずにいたのに。 「………、いや」 瞬きをし、視線を外した竜一が僕から顔を逸らす。 その眼が、薄手のカーテン越しに射し込む斜陽によって、切なく潤んだように見えた。 『それ聞いた竜さんが、──カッとなって吉岡をボコボコにして。あの龍成さんに止められる始末に──』 モルの台詞が頭を過る。 金属バッドで職員の頭をフルスイングしたり、裏切ったり──人を人とも思わない、人情の欠片もないあの辻田が、竜一を止めるなんて…… 「……ごめ……、なさ」 竜一は、ずっと僕を想ってくれていたのに。 なのに僕は── 「ごめ……、」 熱い涙が溢れ、視界に映る竜一の顔を簡単に歪める。 もう一度指先で拭うものの……次から次へと溢れて。竜一の顔が、見えなくて── 「………ああ、許せねぇ」 コツコツコツ…… 近づいて僕の顔を覗き込んだ竜一が、その手首を掴んで叩きつけるようにしてベッドに縫い付ける。 その手が、堪えるように強く握られ、ぶるっと身体が震え── 「大事な人(お前)を守れなかった事と──その大事な人(お前)が、赤の他人の嘘を鵜呑みにする程、俺の愛情が足りなかったって事に、な」

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