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第551話

「なら、大丈夫だな」 「……え」 一変する、竜一の突き放すような声色。 それまであった柔らかで温かな雰囲気が一瞬にして消え、不安が津波のように押し寄せる。 「……さくら」 竜一とは違う、男の声。 少し細くて優しい口調のそれが、入り口の方から聞こえた。 「久し振りだね」 「……」 カツカツカツ…… 何時から、そこにいたんだろう。 サラサラとした細い金髪。形の良い目鼻立ち。外したマフラーを腕に掛け、眩しい程煌めくオーラを放つ──アゲハ。 文武に優れ、誰もが認める王子様。 「悪いけど、山本とは一緒に暮らせない。 退院後は、お兄ちゃんのマンションに引っ越すんだ」 「……ぇ……」 それは余りに一方的──僕の意思など関係なく、断定的な物言いで。 突然突き付けられた残酷な言葉に、戸惑いを隠せない。 「さくらはまだ、中学生だよね。 勉強して、友達と遊んで、部活動に励んで……そういう、学生時代に誰もが経験する当たり前を、さくらにも経験して欲しい」 「……」 「それに──これ以上、犯罪に巻き込まれて欲しくないんだ」 「……」 ……なに、言ってるの……? 何で、アゲハの所に引っ越さなきゃいけないの? やっと竜一に会えたのに。 何で。 何でそんな酷い事、言うんだよ…… 「……やだ……」 これまで、寛容していたアゲハに対し、再び反発心が芽生える。 「竜一と離れるなんて、……やだ……!」 竜一に救出された時──何もかもが元通りになって、また以前のように一緒に暮らせるものだと思ってた。 なのに、何で── 「これは、総意なんだよ」 優しくも、厳しい口調でアゲハがぴしゃりと言い放つ。 「確かに山本は、今回の件に片を付けた。……でもね。美沢さんが容認しても、若葉が納得しなかったんだよ」 「……」 「“兄弟仲良く”が、若葉の一貫した願いであり、生きる糧である事は知ってるよね。もしこの譲歩案を飲まなければ、……今度は何をしてくるか解らない」 「………」 ゾク…… 大きく開いた襟口から伸びるアゲハの首筋に、うっすらと残る手術跡。それがあの日の惨劇を容易に思い出させる。 「──返事に躊躇していたら、美沢さんの気まで変わってしまう」 ……そん、な…… 無意識にきゅっと手を握れば、指先に硬い物を感じ、竜一とお揃いのピアスの存在に気付かされる。 「……、」 まさか、竜一…… 僕とお別れする為に、このピアスを──?

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