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第552話

それまで感じていた小さな幸せが、簡単に手中からすり抜けていく。 小さな勇気が、泡のように萎んでいく。 『会えない日も、竜一が傍にいるんだって思えたら……きっと、淋しくない』 さっき、そう言ったから。 だから竜一は、僕から離れる決心がついたんだ── そう思ったら、絶望と後悔に苛まれ、胸が押し潰されそうになる。 「……」 言わなきゃ、良かった。 何で、あんな事言っちゃったんだろう…… 「……勘違いすんな、さくら」 思い詰めた僕を、見下げる竜一。 その表情はとても堅く、とても冷静で。全てを飲み込んだ大人の顔付きをしていた。 「もう二度と、会えねぇ訳じゃねぇ。……だよな、工藤」 そう言った竜一が、振り返ってアゲハに同意を求める。 「うん。若葉の譲歩案の中に『山本とは会わない』という条件はなかった。──でも」 答えながら、眉間に皺を寄せたアゲハが腕を組む。 「若葉の狙いは、俺とさくらが結ばれる事だ。一緒に住むというのは、その第一歩なんだよ」 え…… 「俺とさくら、二人一緒にいる間は安全を保障してくれる。今回のような事も起こらない。 だけど。もしさくらが変わらず山本を想い、関係を結んでいると知ったら……」 眉間に皺を残したまま、言葉を濁したアゲハが腕組みを解く。 「会うにしても、慎重にならないといけない。 嫌だろうけど……これからは、俺のいる所で会って貰う。その方が、何とでも言い訳が立つからね」 「……」 竜一には会える。……けど、アゲハも一緒── もう、前のようには戻れない。 ……竜一に、触れる事もできない…… そのうち、若葉の要求が更に上がったら……どうしよう。 竜一と、会えなくなったら── 嫌な未来ばかりが思い浮かび、不安で視界が揺れる。 「それから、そのピアスだけど。……付けない方がいいと思う。 普段は引き出しの奥に仕舞っておいて、時々引っ張り出して眺めるぶんには、構わないけど」 「……!」 何だろう……この感覚。 拉致された今までと、状況が何も変わってない気がする。 自由になれたようで、なれてない。 ──結局僕は、屋久の箱庭からアゲハの箱庭に移っただけ……

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