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第3話

「はぁ? 勇者がこっちへ向かってる?」  部下の報告に、宮殿で蛇の生き血を飲んでいた魔王が素っ頓狂な声を上げた。黒のつややかな長い髪を一つに編み込んだ、手足の長い男だった。ただ人間と違うのは、その肌の異常な白さと、頭の両側から伸びる黒い角――。そして何より、異常なまでの美しさだった。彫りの深い顔立ちに金色の瞳。口紅も塗っていないのに真っ赤な唇は淫魔を思い起こさせるほど扇情的だった。 「はい、やる気がないという噂だったのですが、今ものすごいスピードで――」  部下の報告とその姿は、ドゴォッという爆音と粉塵でかき消えた。その土煙が薄れてくると、うっすらと背の高い男3人のシルエットが浮かび上がる。  魔王は、口の端を引き上げた。 「おやおや、やっと来てくれたのか。勇者よ」  真ん中に立つ三白眼の男の手には、唯一魔王を切れると言われた聖剣が握られている。その刀身がぎらりと光ると、魔王は身体がぞくりとした。それを悟られまいと「待ちくたびれたぞ」と虚勢を張った。  威勢よく飛びかかってくるのかと思いきや、勇者は聖剣を手から取り落とした。カラン……という音が魔王の宮殿に響く。 「あれ、思ってたんと違う……」  なぜか勇者はひどく傷ついたような顔をしていた。後ろで魔法使いが「美人だけど、男だったね☆」と茶化している。 「な、何を言っておるのだ、お前たちは……」  目をぱちくりとさせて、魔王は額から汗を流す。すると勇者の姿がぱっと消えたかと思ったら、すぐ横に姿を現した。魔法使いのロッドが光っているのでテレポートの魔法で移動したようだった。 「な……! 卑怯だぞ……!」  魔王は爪をナックルのように伸ばし、勇者に切りつける。その爪先には猛毒の含まれた体液がにじみ出ていて、かすっても致命傷になる――はずだった。しかし。  手首をぎゅっと掴まれると、胸元の服を思い切り引き裂かれた。 「お、おい!」  露わになったのは、魔王の白い胸板。ほどよく筋肉がついていたものの、勇者はとても悲しそうな表情を浮かべていた。 「ああ、やっぱり……おっぱいない……美人だからもしやと思ったんだけど……男だった……」  三白眼から大粒の涙をぼたぼたとこぼす勇者。 「ひどいよ、今日のために俺……3日もオナ禁したのに……」 「お、オナ……! なんと品のない……この無礼者!」  魔王はかっとなって金色の目を光らせた。魔力を眼力で爆発させ勇者を吹き飛ばそうとしたのだ。しかし、吹き飛んだのは勇者の服だけ、魔王の手首はいまだ拘束されたままだ。 「おいおい、何すんだ。装備って金かかるんだぞ」  びくともしていない勇者の姿に、魔王は身体の芯が震えた。 (いかん、これは、こいつらは――)  目の前の筋骨たくましい体つきの勇者、足下でにやついている魔法使い、乾いた笑い声を上げている賢者――この3者を見回して、はっきりと理解した。 (やる気がないだけの、最強パーティーだ……!)

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