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接吻 1
石井は時折、笑みを浮かべるようになった。とは言っても微かに口角が上がるくらいだが、それでも周りからの反応、特に女子社員からは好感触だ。
「うへー、今まで愛想がないとか言ってた癖に」
手を頭の後ろで組みながら杉原が羨ましそうに言う。
「男前だものな」
「羨ましい」
どちらかといえば身長も愛嬌の良さも杉原は可愛い系の男だ。
警戒されずに可愛がってもらえる点は他の男からしたら羨ましいと思うけれど、本人は男として見てもらいたいのだろう。
「杉原は小型犬ってかんじだものな」
「それっ、加藤さんや社長にも言われた」
嘆く杉原を慰めるように頭を撫でると、見られている気がしてそちらへと顔を向けると、缶珈琲を手にした石井と目があった。
「あ……」
すぐに顔を背けられてしまう。
「どうしました?」
「いや、席に戻るな」
デスクに戻ると隣の席の男はパソコンの画面を真っ直ぐに見つめていている。
「石井」
「……何か用でしょうか」
呼びかけても視線は画面を見つめたまま。解りやすい奴だなと、まだ開けられていない缶珈琲を奪い、プルタブを開けて飲んだ。
「俺の」
こっちを向いた。それに満足し、中身を一気にあおった。
「大浜さん、一体、何をしたいんですか」
「あぁん? お前をこっちに振り向かせたかっただけ」
空になった缶を石井のデスクに置くと自分も仕事をし始める。
「なんなんですか、それ」
ぐしゃっと髪を触る音が聞こえ、そっと視線を向ければ耳が真っ赤になっていた。
可愛い奴め。
口元が緩む。それがばれぬように手で口を押える。
「あの、大浜さん、来週の土曜か日曜にデートをしてほしいです」
スマートフォンの画面を向ける。それは博物館のホームページで、金曜から戦国時代の特別展が始まるという内容だった。
そのことはもちろん知っていたし、いくつもりだった。
「いいぞ。デートしようぜ」
互いの目が合い、ふわりと笑みを浮かべれば、目を見開き、そして照れくさそうに俯いた。
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