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落着 2

「ごめん、俺の返し方が悪かった」 「酷いです、貴方は。俺、死ぬほど嬉しかったのに。今だって諦めきれなくて、此処まで来てしまいました」  なんて一途で健気な男なんだろう。 「お前の気持ちを解ってたのに、一緒に出掛けると楽しくて、俺に懐いてくれるのが嬉しくて……」 「もういいです。俺、帰ります」  聞きたくないと背を向けた石井の腕を掴んで引き止める。 「離してっ。好きになってもらえないなら、俺はもう貴方の傍に居たくはない」  辛いだけですからと切なくいわれ、胸が苦しくなる。  石井にこんな思いをさせたい訳じゃない。誰かと一緒だと楽しいという事を知ってほしい。 「嫌だ。この手を離したら、お前がどっかへ行ってしまう」  腕がふるえる。 「それはどういう意味ですか? 会社をやめるとでも思っているんですか」 「そう言う事じゃなくて。折角、笑えるようになったのに。それが見れなくなるのは嫌だよ」  後ろから抱きしめると、身体をよじりながら逃げ出そうとするので、力を込めた。 「そんなもの、前に戻るだけでしょう! もう離して」 「嫌だって言ってんだよ。俺はさ、お前の隣で一緒に笑いあうって決めたんだよ」 「……それって」  肩の力が抜け、顔をこちらへと向ける。 「いざ、恋人になって身体を繋ぎ合わせる事を考えたら、急に怖くなったんだよ。相手は男だぞ、本気なのかって」    真っ直ぐに向き合う事もせずに逃げだしてしまった。本当に情けない男だ。 「でもさ、それから頭ン中に浮かぶのはお前の事ばかりでさ。表情をなくしていく姿を見てたら辛くて。そうさせてしまったのは俺なのにな」  ごめんな、と、石井の頬を撫でれば、表情に少しだけ変化が現れる。  良かった。ホッと息をつく。 「俺が恋人になって傍に居たら、お前は色んな表情を見せてくれるよな?」 「俺は、貴方が居ないと楽しいという実感が持てない」  だから傍に居てくださいと、手を掴まれ、恋人つなぎになる。 「もう逃げねぇよ。一緒、俺に付きまとってろ」 「俺、ストーカーじゃないですけど」 「は、良く言うよ。ほら、俺の部屋に行くぞ」  手を繋いだまま、マンションの部屋へと向かった。

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