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写真の中のあいつ2
「よっ! 今、帰ったぞぉ」
「政巳さん、おかえりなさい」
俺は慌ててジャージを整えると、立ち上がって笑顔を作った。
「ああ、また一人エッチかよぉ。そういうときは俺に頼れって言ってんじゃん。今夜も、励む?」
俺は苦笑して、肩を持ち上げた。
政巳さんはオープンで、裏表のない人だから付き合いやすい。バイト先で、俺が一人暮らしができるアパートを探しているって話したら、気さくに『一緒に住もうか』って声をかけてくれて。
そのまま、俺は政巳さんの好意に甘えて、同居させてもらってる。政巳さん曰く、俺とは同棲だって言ってるけど、たぶん冗談だと思う。
政巳さんはA4サイズの茶封筒と片手に、靴を脱いだ。
「良い写真が撮れたからさー。明日は御馳走が食べれるかもよぉ」
政巳さんがにこにこと手に持っている茶封筒を振った。
「良かったな」
俺はワンルームの室内の隅にある冷蔵庫に向かった。
缶ビールを一つ手に取ると、政巳さんに渡した。
「サンキュ。いやぁ、マジで。今回は高く買ってもらえるはずだよ。良い情報源がいてさ。ああ、これで俺らも良い暮らしができるかもぉ」
政巳さんが缶ビールをぐいっと持ち始めた。
「俺らってことはないだろ。政巳さんは良い暮らしになるかもしんねえけど、俺は…同じままだ」
「いんや! 俺が養ってやるって」
「俺、男だぞ?」
「こんな可愛い奴を恋人にした俺は、最高に幸せだな」
政巳さんが『あはは』と笑い声を立てながら、ビールを一口飲んだ。
俺はからかわれているんだろうなあ。この人、どこからが真面目で、真剣な話なのか今いちわからない。
道元坂なら、どんな話も真面目なんだろうなって気がするけど。
いや…冗談の場合は、口元が『にや』って嫌味ったらしく持ちあがるからわかるんだ。
政巳さんはいつでもどこでも、にこにこと微笑んでいるから、本気どうかわからないんだ。
「さっ、一っ風呂あびたら、励もうなっ! 智紀の可愛い顔が見たいよ」
けらけらと笑いながら、政巳さんが茶封筒をテーブルの上に置いて、ユニットバスに入って行った。
「…あっ、そこ…」
俺は身体をくねらせた。
政巳さんは執拗に俺の弱い箇所ばかりを攻めてくる。気持ち良いと思うより、くすぐったくて身体が勝手に動いてしまう。
「ここ?」と、政巳さんの指が、俺の突起を摘まんだ
「んんっ、駄目…そこは…」
「可愛いよ、智紀。ちょっと、俺も我慢ができそうないや。今日はいいだろ?」
政巳さんは、元気になっている政巳さん自身を俺の中に押し込もうとしてきた。
「ちょ…まっ…。まだ…、ああっ!」
俺は政巳さんの腕をぎゅうっと掴みながら、反対の手でバシバシと床を叩いた。
やめろ……そこは……嫌だ!
「やっぱ、智紀の中は気持ち良いや」
政巳さんが、にこっと笑った。
やめてくれ。俺の中に入るな。そこに入っていいのは…あいつだけなんだ。
床をバシバシと叩いている手が、テーブルに触れた。テーブルの上にあった茶封筒に、手が引っ掛かり下に落ちてくる。
あ……しまった。政巳さんの仕事が。
俺は落ちた茶封筒に目をやると、勢いあまって茶封筒から出てきた写真に目をやった。
『道元坂 恵』
なんで? どうしてこんな写真に写っているんだよ。
黒い高級そうなスーツに身を包み、車椅子に乗っている道元坂が、ボディーガードに守られるように立っている。いかにもヤクザと言わんばかりの男と道元坂が見つめ合っている。
何なんだ、この写真。
「ま…政巳さん、待って。写真がっ」
「無理…俺、もうイキそう」
政巳さんの腰の振りが、早くなる。俺も道元坂の顔を見ながら、頂点に達した。
どうしてだろうか。どんなに一人で処理しても、政巳さんに処理してもらっても、欲求不満がとれなかったのに。
写真で、道元坂を見ながらイッたのは、すごく気持ち良いって思えた。
「なあ、政巳さん。この写真って」
パンツを穿いて、シャツを被っている政巳さんに俺はぐったりした身体のまま、道元坂の姿が映っている写真を一枚、手に取った。
「ああ、それ。大会社社長・道元坂 恵の裏の顔っていうんで、雑誌社に売り込む予定なんだ。こいつ、とんでもねえ悪党だぜ。各国のマフィアとも手に組んでるっつう噂だし。でも、全然尻尾を出さないらしいんだ。だからさ。俺が写真でスクープして」
シャツを着終わった政巳さんが、敷き布団にごろんと身体を倒した。
「危なくないか?」
嘘だ……道元坂がそんな悪いことをするなんて……。
俺は、3か月前に見た道元坂の拳銃を思い出した。
あ、そっか。あいつ、拳銃…持ってたな。
強面のボディーガードもいたし、俺がバイトをするって言ったら、頑なにボディーガードをつけるって言ってた。政巳さんが言っている内容は、きっと本当なのだろう。
「良い情報源がいるって言ったろ? それに、俺には女神様がいるからな。智紀っつうの女神がさ」
「意味わかんねえ。それに、俺は男だ。女神にはなれねえよ」
「まあまあ。もう寝よう。明日は、うまい肉でも食いにいこうぜ」
政巳さんが、にこっと笑うとすやすやと寝息を立て始めた。
もう、寝たのかよ。早えなあ。
俺はまた、道元坂の映っている写真に目を落とした。
道元坂、俺のこと…怒ってるかな?
「え? 駄目ってどういうことっすか?」
政巳さんの荒々しい声に、俺はぱっと目を覚ました。何の話をしているのだろう。
俺は顔をあげると、政巳さんの姿を探す。政巳さんは、玄関に突っ立ったまま、携帯を耳にあてて、険しい表情をしいてた。
俺は身体を起こすと、政巳さんの顔をじっと見つめた。
政巳さんが右手で、茶封筒を床に叩きつけると、『ちっ』と舌打ちをした。
「…わかりました」と悔しそうな表情のまま、政巳さんが携帯を閉じた。
出かける準備がばっちりと整っていた政巳さんが、「はあ」と息を吐きだすと、よろよろと部屋に戻ってきた。
「特ダネだと思ったんだけどなあ」
政巳さんが、テーブルに茶封筒を放り投げると、布団の上にごろんと横になった。
「政巳さん? どうしたんですか?」
「裏から手を回されたみたいだ。契約してた雑誌社から、電話があった。道元坂氏の記事はいらないってね。あー、悔しいなあ」
政巳さんが両足をばたつかせた。
道元坂が、雑誌社に手をまわして、記事が公にならないようにした? なんか…信じられないなあ。あいつ、そんなことまでするヤツなんだ。
「ま、諦めないけど。なあ、エッチしよ」
政巳さんが俺の手首を掴むと、上目遣いで言ってきた。
「え? 嫌だよ。俺、バイトに行かないと」
「んー、残念。んじゃ、夜は?」
「嫌だ。政巳さん、中には入れないって言ったのに。約束を破ったから。もうしない」
「気持ち良かっただろ? すげえ、良い顔してたのに」
政巳さんの言葉に、俺は頬と耳がかあっと熱くなった。
「そういうことを言うな。恥ずかしいだろ」
「可愛いなあ。智紀ってさ」
政巳さんが、俺の手を掴むと、指先にキスをした。
「ちょ、やめろって。俺、バイトに行くんだよ」
俺は政巳さんの手を払うと、立ち上がった。
最近の政巳さんは、変だ。俺を女みたいに、抱きたがる。そろそろ潮時なのだろうか。
政巳さんに頼るのは、もうやめたほうがいいのかもしれない。新しく住む場所を探さないと。未成年の俺に、貸してくれるアパートを探そう。
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