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写真の中のあいつ3
コンビニと飲食店のバイトの梯子を終えた俺は、キーホルダーについたアパートの鍵をクルクルと回しながら、階段を上った。
部屋につくあと数秒というところで、何かが割れる音と、倒れる音が聞こえてきて、俺は肩をびくつかせた。
な、なんだ?
俺は階段を駆け上がると、玄関から高級なスーツに身を包んでいる男を先頭に、数人の黒服の男たちが政巳さんの部屋から出てくるのが見えた。
俺は目を大きく開けると、先頭に立つ男の顔を見つめた。
杖をついて立っている男の視線が俺に向くと、にやっと口元を持ち上げて笑いかけてきた。
「道元坂…」と俺は、考える間もなく口にしていた。
「車を下に」と、道元坂は黒服の男に命令する。視線は、俺から動かさずにいる。
どうして、ここにいんだよ。なんで…政巳さんの部屋から出て来てんだよ。
黒服の男の一人が、俺の脇を通りすぎて階段を駆け下りていった。
『ふう』と息を吐きだした道元坂が、胸元から煙草の箱を出すと、口に咥えた。部下の一人が、すっとライターの火を道元坂に向ける。赤い炎が見えると、すうっと一筋の煙があがっていった。
「よう」と、道元坂の唇が動いた。
「…んで、ここにいんだよ」
俺は道元坂を睨んだ。
「おイタをした子には、お仕置きが必要だ」
「んだよ、それ」
「知らなかったか? 悪いことをしたら、叱るのが普通なんだが」
「んなのは知ってるよ。だからなんで政巳さんの部屋からあんたが出てくるんだよ」
「政巳? ああ、あの男の名か。初めて知った」
道元坂が『ふうん』と鼻を鳴らしながら、頷いた。
その態度が、思い切り馬鹿にされているようで、頭に血がのぼる。
「あんた、政巳さんに何をしたんだよ」
俺は道元坂の襟に掴みかかった。
道元坂の後ろにいるボディガードがさっと態勢を低くして、戦闘態勢に入るのを俺は目の端で感じ取った。
道元坂が軽く手をあげて、ボディーガードの緊張を解くと、煙草を下に落として足で踏みつけた。
「そんなに酷くはしていない。ただちょっと、警告を与えたまでだ」
「警告って…」
「そんなに気になるなら、見てくればいいだろ」
「そこで待ってろよ。言いたいことが山ほどあんだから」
道元坂が眉をひくっと持ち上げた。
んだよ…眉で返事すんなよ。
俺は道元坂の肩をぐいっと押して、ボディーガードの合間を抜っていった。部屋のドアをゆっくりと開けると、酷い惨劇に目を丸くする。
どこが、『そんなに酷くはしていない』だよ。まるで泥棒が入ったみたいじゃないか。
家中が、ひっくり返ってて、片づけるのが大変だっつうの。畳の上で、政巳さんがぐったりと横に倒れているのが見えた。
あ……政巳さん。
急いで靴を脱いで中に入ろうとすると、ぐっと手首を掴まれた。
「人を待たせておいて、お前はそそくさと部屋に戻るのか?」
「はあ? 何言ってんだよ。人が倒れてんだから…」
「私は『見てくればいい』と言った。確かめに行って来いとは言っていない」
「何…意味がわかん…」
俺は道元坂に口を塞がれた。
「んーっ、ん、ん」
俺は拳を作って、道元坂の腹に何度も入れる…が、道元坂の身体は、びくともしなかった。道元坂の舌が俺の口を割って中に侵入してくる。
熱くて、俺の脳みそまで溶かしてしまいそうだ。
舌で執拗に攻め立ててくる道元坂に俺は、20秒もせずに膝の力を失った。
「以前より、弱くなってないか?」
道元坂がジーパンの上から俺のをぎゅっと掴んできた。
「やっ…めろ。触んな」
「ずいぶんと早く、反応するようになったな。それとも私が恋しかったとか?」
「うるせぇ」と、俺は道元坂の腕を払った。
あれ? 俺は道元坂の足をじっと見つめる。見慣れない光景に、俺は眉をひそめた。
こいつ、杖を使わずに立ってやがる。
「おいっ。あんた、杖は? 足…平気なのかよ」
「そんなことはどうでも良い。さっさと足を開け」
「は? って良くねえだろ。足…足だよ」
「そうだ。さっさとズボンを脱いで足を開け」
「違うっつうの」
俺は、道元坂に押し倒されて、床に横になった。
「おいっ。何を考えてんだよ。やめろよ」
道元坂の手を掴むと、俺は抵抗を試みた。
心は抵抗してる。でも俺の身体は、道元坂を求めている。嫌な身体だよ、全くさ。
部屋の奥で、世話になっている人が倒れているっつうのに。俺は、道元坂に抱かれたがってるんだから。
結局、最後の最後には俺は許しちまうんだ。道元坂の横暴な押し倒しにも、俺は喜んでしまう。
「もっと足を開け」
道元坂の言葉に俺は、足を開いた。
にやっと笑う道元坂の表情に、思わずどきっとしてしまう己が、悲しくなった。
男にドキドキしてどうすんだよ。
道元坂のが入る…と、思ったとたんにガシャンという窓の割れる音がし、道元坂の動きがひたっと止まった。
道元坂が『ふん』と鼻を鳴らすと、窓のほうに視線をやった。
今度は、道元坂が片目をつぶって表情を歪めた。右頬から、一筋の血がじわっと流れてくる。
え? 何? 何が起きてんだよ。
「今日はここまでだな」
「え?」と、離れようとする道元坂の袖口を掴んだ
「不満か?」
「べ…別に不満じゃねえよ。さっさと帰れよ」
俺は道元坂から視線を逸らすと、ジーパンを穿いて、カチャカチャとベルトを締めた。
「なあ、なんで…頬から血が流れてるんだよ」
「警告だろ。私があの男にしたみたいに。この部屋の様子を窺っていたスナイパーが、私に警告を与えたんだ」
道元坂がくすっと笑うと、面白そうな表情をして窓を見た。
なんて顔をしてんだ。スナイパーってことは、今、道元坂は命を狙われかけたってのに。
「怖くないのかよ」
「怖い? どうして、怖いと思う? ボスは私だと言っているのに。彼にもお仕置きが必要かな?」
道元坂は、知っているのか?
誰に狙われているのかを、知っていてそんなことを言うのか?
「智紀を抱けなくて残念だ」
道元坂が、俺の頬に触れた。
プシュと手首の袖に線が走った
「…たく。煩い奴だ」
少しズレていたら、俺に当たってる…よな? 俺はそう思うとブルブルっと身震いをした。
道元坂が携帯を胸から出すと、耳にあてた。
「おい。俺を狙うのは存分に構わねえが、智紀を怯えさせてどうすんだよ。恐怖に震えあがる子ウサギになってるぞ」
『ボスがいけないのでしょう? 僕がいる前で、失礼にもほどがある』
「嫉妬すんな」
嫉妬? ってことは、道元坂の恋人とか?
『僕は前に言いましたよね? 脳天をぶち抜くって。今すぐに実行しても良いですか?』
「構わねえよ。俺の血が、智紀にぶちまけられても良いなら。智紀の腕の中で、死ぬのもまあ…嫌じゃない」
『では、お言葉に甘えましょうか』
道元坂が殺される?
俺は立ち上がると、道元坂の携帯を奪った。
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