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不器用な愛と恋2
太陽が眩しくて、俺は瞼を持ち上げた。広いベッドの上には俺しかいなかった。
道元坂の姿はなくて、ベッドも冷たかった。
あいつ…いつ起きたんだ? つうか、寝たのか?
俺はゆっくりと身体を起こすと、棚の上に置きっぱなしになっているあいつの煙草に目をやった。
俺は落ちてくる栗色の前髪をかきあげて、窓に目をやった。太陽が随分と高くまであがっていた。
仕事にでも行ったのか?
あいつは、きちんと仕事しているしな。裏の顔もあるみたいだけど……。
「そっか。俺もバイトに行かなくちゃ」
気だるい身体を奮いたたせると、俺はベッドから足を出した。
俺はベッドの横に置いてあるスポーツバックに手を伸ばした。コンコンとドアがノックされると、静かにドアを開いた。
黒服を着てる男が一人、室内に入ってくると軽く頭をさげた。
「楠木様、社長からお電話でございます」
「え? 俺に?」
黒服の男が頷くと、電話の子機を差し出した。俺は子機を受け取ると、耳につけた。
「も、もしもし?」
『今日は、一日家にいるといい。ゆっくり休め』
「あ、でもバイトが」
『バイトの心配はするな。私がなんとかしよう』
「え?」
俺は一瞬、道元坂がコンビニでレジを打つ姿を想像してしまった。
に、似合わねえ。全然、似合わねえよ。俺は頭を振って、脳内のイメージを壊した。
「あ、でも俺、動きたいんだ。家でじっとしていたら、昨日ことばっか考えちゃいそうで。だからバイト、行きたい」
『わかった。なら、家にいる私の部下を連れていけ』
「いや…別に。いらないけど」
『馬鹿か?』
「は?」
『足の姿が消えたら、手が出るだろ』
「何、言ってんだ?」
『わからないのか? 昨日、私側の人間が、ジャーナリストまがいを殺した。ヤツはどこからか私の情報を得て、写真を撮ったのだ。情報源である人間が、黙っていると思うのか?』
「…あ」と俺の声が漏れる。
政巳さんが撃たれた瞬間を思い出して、手が勝手に震えだした。
『わかったなら、静かに家にいろ』
「バイトに行きたい」
『なら、私の部下を連れていけ』
「わかったよ」
俺は子機を、黒服の男に渡した。
どうして、あいつは落ち着いていられんだ? 話している口調も、いつもと変わらなかった。
人が一人死んだというのに、『ジャーナリストまがいを殺した』なんてあっさりと口にできるのだろう。
政巳さん、あんたは道元坂の何を暴こうとしていたんだ? 道元坂は何をして生きているんだよ。俺にはわからねえよ。
兄貴、どうして死んじまったんだよ。俺一人で、この想いを抱えるには重すぎて、胸が爆発してしまいそうだ。
俺はどうしたらいいのか、わからない。とりあえずバイトに行こう。
外に出て、身体を動かしたらきっと何か新しいことが見つかるかもしれない。
俺は唇とぴっと結ぶと、顔をあげた。
コンビニでバイトをしていると、もさっとした白髪まじりと男が、何も商品を持たずに、俺の前に立った。
「君、楠木 智紀君だね」
「え? あ…はい」
俺はこくんと頷くと、男は警察手帳を見せてきた。
「わしは刑事課の浜田という者だ。鈴木 政巳について少し聞きたい」
「え? ま、政巳さんがどうしたんですか?」
俺はどきっと心臓が跳ね上がった。
顔には出ないように気をつけながら、浜田さんの顔を見つめる。
「わしはあいつの親戚なんだが、昨日から連絡がつかないんだ。君は、政巳のルームメイトだと聞いたから」
「あ…えっと、俺も知らないです。昨日、俺…政巳さんの家を出たので」
「昨日?」
「え? あ、はい。昨日です。別に喧嘩とかしたわけじゃないんですけど。その…ちょっと居づらくなって」
「どうして?」
「えっと、まあ…いろいろと」
俺は下を向いた。困った何と言えばいいのか、さっぱりわからない。
刑事がこんなに早く来るなんて、思わなかった。なんで、俺がここでバイトしているって知っているんだろう。
「あの…政巳さんが昨日から連絡がつかないって…」
俺は知らない振りをして、顔をあげた。
もうこの世にいないのは、知ってるけど……。
「ああ。昨日の夜にな。ちょっと用事があって電話したんだが、携帯は通じるんだが…全く出ないんだ。今朝になったら、『電源が切れているか…』ってやつのアナウンスに切り替わってた。君と暮らしているのは政巳から聞いていたからね。できたら政巳の部屋の鍵を貸してもらえないかと思ってね」
「あ…ああ、それなら。ちょっと待っててください」
「いや。君のバイトが終わるのを待っているよ。一人で入るのはちょっと悪い気がするからね」
浜田さんが、肩をすくめて微笑んだ。
「わかりました。あと20分で終わるので裏口で待っててもらえますか?」
浜田さんが頷くと、コンビニを出ていく。
俺はほっと肩で撫でおろした。でも…まだ終わったわけじゃない。気を抜いちゃいけない。
あの部屋に戻らないといけないんだから。あの部屋に入ったら、ばれちゃうよ。
血だらけの部屋を見たら、政巳さんがあの部屋で何かされて…死んでいるかもしれないって思われる。大量に染み込んだ血の畳を見て、何もなかったとは思えないし。
きっと俺が疑われるんだ。一緒に暮らしていたのは、俺だし。
昨日、連絡がつかなくったって知ってて、俺は昨日、政巳さんの家を出たって…言っちゃったから。
どうしよう。俺…アパートに行きたくないよ。
俺の手の指先が、氷のように冷たくなるのを感じた。
「こ、ここです」と俺は政巳さんのアパートを指でさした。
浜田さんが「ふむ」と頷くと、階段を上り始めた。俺は後ろから浜田さんについていく
俺は後ろに振り返ると、黒服の男が電柱に隠れるようにして立っていた。俺の護衛をしてくれているのだろう。
胸ポケットから携帯を出すと、どこかに電話をかけているようだった。
俺は政巳さんの部屋の前で足を止めると、鞄の中からキーホルダーの端を掴んで外に出した
ドアノブについている鍵穴に突き刺すと、横に手首を捻った。
開けたくない。でも開けないといけない。知らない振りをしているんだから、ここで躊躇しちゃいけないんだ。
俺はゆっくりとドアを開けると、「政巳さん?」と小さな声で呼んでみた。
俺は靴を脱いで、中の様子を窺うように足を前に出した。室内は真新しい畳のにおいに包まれていた。
え? 血のにおいがしない
俺は目を丸くして中に入ると、もちろん人影はないが…室内は綺麗に片づけられていた。
昨日の惨劇は、夢だったのごとく…ドアから政巳さんが「ただいま」と帰ってきそうな雰囲気があった。
これも道元坂が?
『いつから姿が見えなくなったのか…それともジャーナリストらしく、取材に行ったままなのか。わからないように、な』
道元坂の言葉が蘇る。ここまで徹底的にやる人なんだな。
『カチャ』という音に、俺はびくっと肩を跳ねあがらせた。何か堅いものが後頭部に突き付けられている。
「良いお芝居だ…と言いたいが、爪が甘いな、坊主」
「あ…と、浜田さん?」
「道元坂も、随分と手ぬるいなあ。それとも情夫の命など、どうでも良いと言うのか?」
「あの政巳さんの親戚の方なんじゃ…」
「そういう嘘に易々と引っ掛かる子坊主で良かったよ」
かっかっか…と、浜田さんが大きな口を開いて笑った。
嘘…嘘だったのかよ。俺を騙したのかっ。親戚だと嘘をついて…じゃあ、警察っていうのも嘘なのか?
俺が振り返ろうとすると「動くなっ」と怒鳴られた。
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