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不器用な愛と恋3
俺の肩が、恐怖で跳ね上がる。
俺はここで殺されるのだろうか?道元坂に言われた通りに、あいつのマンションで大人しくしていればよかった。そしたら、俺はこんなおっさんに拳銃を突きつけられずに済んだのかもしれない。
死にたくない…死にたくないよ。俺、まだ死にたくないっ。
俺は瞼をぎゅっと堅く閉じると、拳を握りしめた。浜田さんの後ろで、さらに『カチャ』と引き金を引く音がした。
「動かないほうがいいのは、貴方のほうですよ」
え? 俺は瞼を開けるとぱっと振り返った。
兄貴の声がしたと思った。懐かしい兄貴の声が……。
グレーのスーツを着ている細身の男が、俺の顔を見てにっこりと微笑んだ。
「あ…に、き?」
髪の色が違う。髪型が違う。目の色も違う。だけど……目の前にいる人が、兄貴に見えた。
3か月前に、道元坂の元秘書に殺された兄貴が立っているように思えた。
兄貴にそっくりな男は、ほほ笑むと銃口を下に向けて、浜田さんの太腿も躊躇もせずに撃ちはなった。
「うっ」と苦しそうな声があげた浜田さんが、血を流しながら、その場に蹲る。
「貴方には聞きたいことがあります。僕のボスの元へまいりましょうか? きっとお茶を淹れて待ってくれてますよ」
くすくすと笑いながら、兄貴にそっくりな男が浜田さんの首根っこを掴んで歩き出した。俺は兄貴にそっくりな男の後ろ姿が見えなくなってから、その場にへたり込んだ。
し、死ぬかと思ったぁ。もう駄目だと……心の底から感じた。頭に銃口を突き付けられたときの絶望感と言ったら、計り知れない。
初めての感覚に、なんとも言えない感情が湧きあがった。
「大丈夫ですか?」
「へ?」と顔をあげると、そこには朝から俺の警護してくれていた黒服の男が立っていた。
「あ…ああ、たぶん。腰が抜けて動けないだけだと思う」
あははは、と乾いた笑いを浮かべながら、俺は額から流れてきた汗をぬぐった。冷や汗というものだろう。
今頃になって、手足がぶるぶると震えだした。『怖い』という感情は、事が終ってから襲ってくるのだと俺は今日、知った。
これからは、きちんと道元坂の言うことは聞こうと心の中で誓った。
早く道元坂のマンションに帰りたい。帰って温かいミルクでも飲んで、心を落ち着けたいと思った。
道元坂が帰ってきたら、兄貴にそっくりだった人について聞いてみようと心の中で呟いた。
黒服の男が運転する車に乗っている俺は、後部座席でぐったりとしていた。
ひどく身体が疲れた。眠いのに、瞼を閉じても、眠れなかった。道元坂と再会してから、バタバタと時間が過ぎていく。
早く道元坂に会いたいよ。会って、抱きしめてもらいたい。そしたら、ゆっくりと眠れそうな気がする。
俺、変わったな。男が男に抱き締められて、安心するなんて…ってずっと思ってた。気持ち悪いって感じてた。
なのに、道元坂は違う。安心するし、あいつの腕の中は居心地が良いずるい…あいつは、ずるいよ。男として、全てが満点で、俺に勝ち目なんか全然ない。
あんなにも魅力的な男って、むかつくけど愛おしいって思ってしまう。あいつの存在自体が、俺の求めている理想の人だ。今はそう思える。
突然、身体が前に飛び出しそうになった。後部座席でシートベルトをしていたから、かろうじて前の席に突っ込まずに済んだが、シートベルトが、俺の身体にぎりぎりと食い込んでくるのがわかった。
運転席は、黒服の男が眼球が飛び出しそうになるくらい見開いていた。
なに? 次はなんだよっ!
前を見ると、車線を逆走してきた乗用車が俺の乗っている車に突っ込んでくる瞬間だった。ガグンっととなると、ふわったと身体が宙に浮くのがわかった。
俺の尻もシートから少し離れたし、車自体の尻が持ち上がったのがわかった。運手席のエアバックが膨らみ、運転手の顔がエアバックに突っ込む。
次の瞬間、俺の世界が白くなった。はっと瞼を持ち上げると、車は止まっていた。
「おい…大丈夫かよ」
俺はシートベルトを外すと、恐る恐る手を伸ばして運転席にいる男の肩に手を乗せた。黒服の男は何の反応も示さない。
「おいっ。どうしたんだよ」
エアバックがあったんだから、生きてるだろ? 俺はぐいっと男の肩を引くと、だらんと首が動き、顔が俺のほうを向いた。
目が開いている。額の中央に、穴が開き、そこから血が噴き出していた。
「うああっ…」
俺は生温かい血の感触に、ぱっと手を離した。エアバックにも血がべっとりと付着している。
どうして…? なんで撃たれているんだよ。
衝突したであろう車から、人が二人ほど降りてくるのが見えた。
すぐに俺の目は手元に行く。二人とも、拳銃を手にしていた。
なんでこう……銃刀法違反者が街の中を堂々と闊歩してんだよっ。
俺は後部座席のドアにへばりつくと、ドアを開けようとぐいぐいと押した。
くそっ。車が歪んで、ドアが開かねえよ。
通行人の男が俺の乗っている車に近づいてくる
『生存者がいるぞ』
『大丈夫か?』
『今すぐ、出してやるからな』
たぶん、親切心で俺のいるドアに近づいてきたんだろうけど…俺はそれさえも、拳銃を身につけている人間で、俺を襲うとしているんじゃないか、と焦った。
俺は足で、ガンガンとドアを蹴る。
車の外にいる人たちも、協力してドアを開けようとしてくれている。しかし歪んだドアはびくともしなかった。
『フレームが歪んぢまって、開かねえよ。窓を割ろう』
『今、車から工具を持ってくる!』
なんて声が聞こえる。早く開けてくれ俺……このままじゃ、殺される。
すぐに逃げなくちゃ。どこかに走って逃げなければ、俺は確実に殺される。黒いスーツを着た男たちに、拳銃で撃ち殺されてしまう。
人垣の合間から、ちらっと銃口を見えた。まじかよ…こんな人の群れがあるところで。
俺は目を見開くと、身を縮める暇もなく窓ガラスにヒビ割れが走った。
殺される。俺…どこに行っても殺されちまう。
俺は、ごくっと唾を飲み込むと反対側のドアまで後退した。
背後でもコツンという音がして、俺は振り返る。窓にぴったりと銃口がくっついている。
ここからじゃ、俺はよける間もなく脳天を命中するだろう。
「あ…ああ…うっ」
俺は声にならない声をあげながら、ただじっと銃口を見ているしかできなかった。
がしゃんと音がして、「坊主、こっちへ」と聞こえると、窓に見えていた銃口が消えた。
男が、スーツの中に拳銃を隠した。
俺は窓から手を差し伸べている40代後半の男の手にしがみつくように、飛びついた。
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