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不器用な愛と恋4

 どうしたらいい。逃げられないなら、この大勢の輪の中にいれば安全か?もう何がなんだか…わらかない。  車の窓から、俺は手を出すと、数人の男たちに引っ張られながら、車の外に出た。 「よう、坊主。無事で良かったなぁ」と、窓から手を差し伸べてくれた40代のおっちゃんが、俺の頭をぐちゃぐちゃになるまで撫でてくれた。 「あ…ありがとう、ございます」  俺は窓ガラスの破片で切った頬や腕の傷を見ながら、ぺこっと頭をさげた。 「車からオイルが漏れてるぞ」  誰かがそう叫んだ。 「坊主、車から離れるぞ」とおっちゃんが、俺の肩を抱いて、車に背を向けた。  パンと何かがはじけるような音が近くでしたと思うなり、車がドォンと地面に振動を与えながら、炎をあげた。俺は背中が火傷すんじゃないかってくらいの熱さを感じながら、身体が勝手に吹っ飛んで行った。  おっちゃんと一緒に、近くのコンビニのガラスに突っ込んでいった。窓ガラスにぴったりとくっついている本棚に全身を強打しながら、俺は床にひれ伏した。  身体が…痛てぇ。俺は両手をつくと、上半身を起こした。 「おっちゃん?」と俺は隣にいない40代のおっちゃんが探した。  コンビニで立ち読みにしていた20代前半の男たちが、どっとその場から離れて、冷めた視線を俺に送ってきた。 『生きてるよ、あいつ』なんて声も聞こえてきた。雑誌と床の上に、ぽたぽたっと血が流れ落ちるのが目の端にうつった。  俺…どっか怪我したんだな。痛みを感じないのは、どうしてだろう。  俺は右手で額に流れてきたものを拭くと、それが血であると手のひらについて赤い液体を目にしてわかった。  頭を切ったのか。俺は顔を持ち上げて、近くにいるであろうおっちゃんを探した。  俺は、一人の女性と目が合った。女の手がぷるぷると震えている。  視線を下ろすと、女性の手に持っている傘に、俺を車の中から助け出してくれたおっちゃんの胸が突き刺さっていた。 「あ…うっ、ああ。お、おっちゃん!」  俺はひどく重い身体を持ち上げて、駆け寄るとおっちゃんの手を握りしめた。 「おっちゃん、大丈夫かよ。すぐに救急車を」  俺は傘から手を離せないでいる女性に、声をかけた。 「え? あ。はい」と女性が頭を振りながら、傘から手を離して、鞄の中にある携帯を手に出した。 「もう…呼びましたから」とコンビニのレジから声が聞こえてくる。 「おっちゃん! おっちゃん、すぐ救急車が来るから」  俺は声が出る限りのデカい声で、おっちゃんに話しかける。 「坊主、うるせーよ」とおっちゃんが薄眼を開けて、俺に話しかけてきた。 「おめえこそ、ひでぇ怪我じゃねえか。頭から血が出てりゃ。救急車は坊主が乗りな」 「な、何言ってんだよ。おっちゃんのほうが先だ。俺は平気だし、すぐに迎えが来るから」 「俺にも迎えが来てんだよ。天国のかあちゃんが、な」とおっちゃんがにこっと笑うと、俺の手の中にあるおっちゃんの手に重みが加わった 「おいっ、おっちゃん。死ぬなよ、なあってば」  俺は何度も何度も、話しかけるが、おっちゃんの口が動くことはもうなかった。  なんで…どうして、全く関係のない人たちが巻き込まれなくちゃいけないんだよ。 「くそっ!…ちくしょう」  おちゃんが死ぬなんて、とばっちりじゃねえかよ。事故った車に閉じ込められた俺をただ助けただけなのに、どうして命の終わりをここでしなくちゃいけないんだ。  親切心で、俺の乗っている車に近づいたばっかりに。雨の日に活躍する傘に突き刺さって、死ぬなんてあり得ねえよ。 「立て、ガキ」  頭上から、声がした。  顔をあげると、拳銃を持っている男が俺の腕をぐっと掴んだ。 「あんた、誰だよっつうか、何で俺が…」 「ボスがお前を呼んでいる。殺さずに連れて来いと」 「はあ? 散々、銃口を向けておいて…」 「お前には向けていないだろ」  向けていただろ! 思いきり、窓から俺に銃口を向けて威嚇してたじゃねえかよ。  俺は腕を掴まれて、無理やり立たせられた。ずるずると引きずられるように、俺はコンビニを出ると、知らない黒塗りの車に乗せられた。  こいつら、関係ない人間の死に胸を痛めたりしないのかよっ。最低な奴らだな。  ああ、目の前がチカチカしてきた。これが貧血っつうやつなのかな?…なんて思いながら、俺は血だらけの服に目をやった。  俺の服は、もはや誰の血でどす黒く染められたのかさっぱりわからないほどになっていた。道元坂の部下の黒服の男の血か、俺を助けてくれたおっちゃんの血か、それとも俺自身の血か。  ヨーロピアンな家に閉じ込められてから、数時間が過ぎていると思う。  2時間? 3時間? 時計もない部屋でただじっと、手足をロープで縛られて簡素な椅子に座らされている。  トイレには一回だけ行った。  大声で叫んでいたら、室内なのに黒いサングラスをかけた図体のデカイ男が、トイレに付き添ってた。  トイレで見た自分の顔に、俺は驚いた。乾いた血と、傷のせいで腫れあがった顔が、まるで特撮モノのエイリアンみたいで、びびった。  鏡に映っている己の顔が、化け物と変わりなくて、こりゃあ…すぐに俺だと気づける人間はそうそういないだろうと思った。  …つうか、俺はいつまでこんな監禁生活を送るのだろうか?  前に道元坂の別荘で「監禁したのか」と俺が聞いて、「お前には監禁する価値もない」と言われたが……。  今の俺には監禁する価値があるのだろうか? ああ、道元坂の情夫だからか、なんて俺は自嘲の笑みを浮かべた。  俺のせいで多くの人が死の世界へ旅立ち、傷つき泣く人も増えた。だけど、俺だけでは何も解決できない無力さに呆れてモノも言えない。  もっと、力があれば…もっと何かがあれば…。何かとは何だろうか?  勇気? 権力? 地位? 金?  どれもこれも俺には持ち合わせがない。  俺は「ふう」と息を吐くと、椅子の背もたれに寄りかかった。  がちゃりとドアが開くと、そこには道元坂が立っていた  え? なんで?  俺は目を大きく開いてから、何度も瞬きを繰り返した。  どうしてここに、道元坂がいるんだ? 俺がここに連れさられたなんて…誰も知らないだろ。  コンビニから、知らない連中に車に連れ込まれたってことは、車が炎上した現場で耳にしたかもしれねえけど。  どうして連れ去られた場所がなんでここだってわかるんだよ。 「智紀、帰るぞ」と、道元坂が喉仏のかかる低い声で言い放った。 「俺…?」 「お前以外に誰がいる。俺は今、お前としか一緒に住んでいない」 「あ…どうして俺ってわかった?」  顔が腫れて歪んでしまっているというのに。 「お前はお前だろ。どんな姿だろうが、私にはわかる」  道元坂の言葉に胸の奥がかあっと熱くなる。  嬉しさがこみあげて、泣きそうになった。

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