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不器用な愛と恋5

 無性に、道元坂に抱きつきたい気持ちに駆られた。しかし、ドタドタと廊下を走ってくる音に俺は現実に引き戻されて、びくっと肩が震えた。  道元坂が、スーツの胸元に手を入れると、素早く拳銃を取り出して、3発ほど撃ちはなった。 「ゆっくりしている暇はなさそうだ。智紀、さっさとヅラかるぞ」  大股で室内に入ってきた道元坂が、ポケットから出した折りたたみ式のナイフで切った。 「なあ…おいっ、なんで歩いてんだよ。杖はどうした? 車椅子は?」 「ああ、忘れた」 「忘れた…ってなんだよ!」 「持ってくるのを忘れたんだ。まあ、なくても歩けるし、いいんだがな」 「はあ? 何、言ってんだよ」 「たわごとは良い。さっさとここから出るのが先だ」  ロープを切ってくれた道元坂が「走れるな?」と聞いておいて、俺の返事も聞かずにいきなり走りだした。  んだよ、意味がわかんねえよ。と、心の中で文句を言いながらも俺は、道元坂の背中に向かって走った。ただ道元坂の広い背中だけを見ていた。  あと数メートルで、まるで城のような屋敷の玄関に辿り着く…そう思ったときだった。ドォンという打ち上げ花火のような音がして、太腿に激痛が走った。  バランスと崩した俺は、豪快に赤い絨毯の上にすっ転ぶ。両手をついたにもかかわらず、左の頬を擦り、摩擦の熱と痛みで顔を歪めた。 音に即座に反応した道元坂が振り返ると、俺を銃声から守るように立ち、拳銃を構えた。 「あら。随分と優しい男になったのね、恵」  玄関ホールに女性の甲高い声が響く。俺は顔を上げると、床に身体を伏したまま、声の主を探した。  白いレースのショールを、深緑のワンピースドレスの上にかけた女性が、にっこりと笑って階段の上に立っていた。その女性を取り囲むように、黒いスーツの男性陣が拳銃を構えて立っている。  男性人たちの銃口は、皆、俺と道元坂に向いている。 「道元坂、知り合いなのか?」  俺は道元坂の背中に隠れるように立つと、小声で質問をした。 「恵が、この家を出てからもう7年も過ぎるのねえ。時が過ぎるって早いわね」  道元坂が俺の質問に答える前に、女性が明るい声で口を開いた。  俺に向きかけた道元坂の視線が、女性のほうに向いた道元坂の口の端が持ち上がるのが俺にも見えた。  笑っているのか…ほくそ笑んでいるだけなのか、俺には今いちわからない。 「身ぐるみを剥いで、この家を追い出したのに。すっかりと高級ブランドに身を包んでしまって……偉くなったものね。残念だわ。地べたを這いずりまわって苦しむ恵の顔が見たかったのに」  ほほほ、と口に手を当てると、真っ赤なルージュから冷たい笑いが響いた。  道元坂は拳銃を、ホルスターにしまうと、ネクタイを外した。道元坂が俺のほうに身体を向けると、膝をつき、俺の太腿にネクタイを巻き始めた。 「ど、道元坂?」 「止血だ。お前は血を流し過ぎた。少しの血でも大切にしろ」 「あ、ああ」と、俺は頷いた。  俺の太腿にネクタイをきつく縛りあげた道元坂が、再び立ち上がり、女性のほうに身体を向けた 「恵が同性愛者だとは思わなかったわ。とんだ誤算ね。今までも何人もの女性を送り込んだり、貴方が抱いた女性をこっちに引き込んでみたりしたけど…成果がないわけね。男に入れ込んでいたなんて。恵ったら、カモフラージュがお上手なんだもの。いつから嘘と偽りで己の本心を隠せるようになったのかしら?」 女性が冷笑し、目を細めた。  厚く塗った化粧の下に見えるどす黒い感情に、俺はぞっと身の毛が逆立った。身体の底から震えあがるような恐怖を与える目をしている。  もしかして寒気が酷いのは、俺が血を多く失い過ぎただけなのかもしれないけど。ぶるっと震える肩に、道元坂がそっと腰に手を置いて引き寄せてくれる。道元坂の温もりが、服の上からでも伝わってきた。 「どうして何も言わないのかしら? 昔はわたくしより、恵のほうがおしゃべりだったわ」 『ふっ』と笑いが漏れる息で、俺の前髪が揺れた。  どうして道元坂は何も言わないのだろうか。俺は、道元坂を見上げた。  道元坂の視線を下がると、「走れ」と俺の腰から手を離して、背中を押した。道元坂の右手は胸元に入り、ホルスターから拳銃を引き抜くと、女性のすぐ隣にいるボディガードを一気に三人ほど撃ち抜いた。 「後ろを振り返るな! 行け」  道元坂の声に頷き、俺は足を引き摺りながら走り出した。  もう2発ほど近くで銃声が聞こえると、道元坂の足音が聞こえた俺の右足横の床に弾痕が撃ちこまれるのが、わかった。  パンパンと相手側からの銃声が鳴りやまないなか、俺は道元坂に守られるように屋敷の外に出た。黒塗りの車が俺らの前で停車すると、「乗れ」と道元坂が早口で言った。  道元坂が俺に背を見せると、車に乗り込むまでの間、銃口を屋敷に向けて、敵を威嚇し続けた。不幸中の幸いというべきか…外に出た俺らに、敵からの発砲を受けずに済んだ。  道元坂が車の乗り込むと、運転手はすぐに急発進させた。 「道元坂、あの人、何なんだよ。どうして俺らを狙うんだよ」 俺は呼吸のあがった状態で、隣に座っている道元坂に、質問をした。  道元坂が、後部座席に座っている俺にシートベルトを着けてくれると、「ただの元夫婦喧嘩だ」と言い、にやっと微笑んだ。  俺は「ああ?」と片眉をあげると、道元坂を睨んだ。 「…んだ、そりゃ」 「小森 梓。俺の別れた妻だ」 「あ…もしかして前に言っていた車椅子生活になった途端に離婚届を叩きつけられたっていう…」  道元坂が肯定の意味で、こくんと頭を上下させた。  あの人が…道元坂を捨てた人なのか。小森 梓の冷笑を思い出し、俺はぶるっと身を震わせた。 「暖房をつけろ。智紀の体温が下がっている」  道元坂が運転手に告げると、運転手が暖房をつけて、設定温度をあげた。 「たくさんさ…道元坂には聞きたいことがあるのに。なんだか、酷く疲れちまって。言葉が見つからない。聞きたいのに、質問の言葉が出てこないんだ」  俺はくすっと笑うと、窓に目を向けた。道路を走る道元坂の車は、ハイスピードでどこかに向かっている。  そこは一体、どこなのか。俺にはよくわからない。ただ一向に重くなる瞼と、ひどくなる寒気に考える行為が物凄く面倒になった。  ふっと手の力が抜けて、俺はあっさりと意識を手放した。

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