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感情の赴くままに5
確かに、道元坂の言うとおり飯は美味い。いかにも高級レストランって感じで、入口には三ツ星レストランがウンタラかんたら…って書いてあった。
有名な店なのだろう。俺はテーブルマナーなんて知らないから、道元坂の見よう見まねで、ナイフとフォークを使って食べた。
分厚い肉のメインディナーが俺の前に置かれる。白い皿の上に、まるでアートのように描かれた赤と黄色のソースがステーキを鮮やかに飾り立てている。
うまそう。
俺は思わずよだれをたらしそうになっている目の前で、道元坂の腕が素早く動いた。
胸元から黒光りする拳銃を引き抜いた道元坂が、引き金を引き、道元坂に肉の皿を置こうとしているボーイのこめかみに銃口を向けた。
「な…何やってんだよ」
俺の言葉に、道元坂の目がくいっと動く。その視線に合わせて、俺の眼球も動いた。
皿の下で、黒い物体の穴が俺に向いている。縁も所縁もないレストランで、俺は見ず知らずの男に銃口を向けられていたのだ。
俺は一瞬にして、筋肉が収縮した。じっと銃口を見つめたまま、身体の体温が低下していくのを感じる。
銃口が震え、皿にぶつかってカタカタと鳴ってる。ボーイもまた、道元坂に銃口を向けられて怯えているようだった。
道元坂の拳銃に気付いたレストランの客が、悲鳴とともにドアへと走っていく。
「皿の下にあるものをしまえ」
道元坂が低い声で、ボーイに告げる。
ボーイの喉仏が上下に動き、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。皿の下にある拳銃は、カタカタと鳴り続け、しまう様子は見受けられなかった。
道元坂が一度瞬きをして間を開けても、ボーイの行動に変化がないとわかると、躊躇せずに銃を撃ちはなった。
ボーイの反対のこめかみから、血が噴き出した。皿の下にあった拳銃がぱっと明るくなるのが見えて、俺は身を縮める。
撃たれるっ。
どさっと床に人が倒れる音がしてから、俺は恐る恐る片目を開けた。
「智紀、怪我は?」
道元坂が席を立ち、俺の肩を掴んだ。
「だ…大丈夫みたいだ。どこも痛くない」
俺はガタガタと震える両手を見ながら、道元坂に返答した。
足元に広がっていく血液に、俺は椅子をひいて立ち上がると、後退してその場を離れた。他のテーブルに尻をぶつけて、俺は改めてボーイの顔を見る。
目を見開いて死んでいる。
道元坂が食べる予定だったステーキが床に落ち、血だまりのなかに埋まっていく。
「あら、今夜はもう店終いかしら?」
背後から聞こえてきた女性の声に、俺は振りかえって顔を確認した。
道元坂の元妻である梓さんだった。真っ赤なワンピースドレスに、白いショールを肩にかけた梓さんは、唇を尖らせて立っていた。
「恵の経営しているレストランだと聞いたから、食べに来たのに」
近くの丸テーブルの椅子に腰をかけた梓さんが、背もたれに寄りかかった。
まわりを取り囲むように、ボディガードが4人ほど立つ。
「まあ、奇遇ね。恵たちも来ていたの?」
「お得意の白々しい嘘か」
道元坂が、俺を守るように前に立って口を開いた。
「わたくしは嘘など言わないわ。料理を食べに来たのよ。ただちょっと、風景が違うだけ。情夫の死に、嘆き悲しむ恵を見ながら、最上級の料理を口にする予定だったのに。残念だわ。これでは美味しい料理は味わえないもの。スパイスが足りないわ」
梓さんがメンソールの煙草を咥えると、ふうっと息を俺たちに吹き掛けた。
大嫌いな煙草の煙に、俺は軽く咳き込む。俺の咳が気に入らなかったのか。梓さんの目が急に細くなると、立ち上がり拳銃を構えた。
「恵、退きなさい」
「退く理由が見当たらない」
「あるでしょ。あのガキが、わたくしの行動にケチをつけたのよ」
「気管が弱いだけだ。知らずに煙を向けた梓が悪い」
「言いがかりよ。わたくしの行動に善も悪もないわ」
「確かに、善も悪もない。あるのは自分勝手という我儘だ」
梓さんが、『ちっ』と舌打ちをすると、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
「口答えしないで」
梓さんの拳銃から、発砲の音がする。道元坂の肩が大きく揺れた。
撃たれたのか?
俺は目を開けて道元坂の左肩をじっと見つめた。
貫通したのか。肩に穴が開いている。後ろにいる俺にも、道元坂の肩に穴が開き、そこから血が流れ出してくるのが見えた。
「道元坂…」
俺は道元坂の肩に触れようとして、「さがっていろ」と道元坂に言われた。
「あら、こんなガキに命を張る必要なんてあるの? 価値のある人間には見えないわ」
「梓になくても、私には価値のある人間だ」
道元坂? 何を言って…。やめろよ。こんな怪我してまで、我を張る必要なんてないだろ。
「どこが?」
「梓には一生わからない」
梓さんの眉間に皺が寄ると、3発ほど銃声が響いた。3発とも道元坂の身体に撃ちこまれるが、道元坂がまるで壁のように立って、動かなかった。
「気分が悪いわ。こんなお店、潰れてしまえばいいのよ。わたくし、今夜はこれで失礼するわ」
梓さんがくるっと、俺らに背を向けた。
「恵、覚えておくといいわ。わたくしを怒らせたら、どうなるか…わかっているわよね?」
「死あるのみ。組織にいたときは、そう教えられたが…もう私は組織の人間ではないから。該当するとは思えない」
「恵は特別よ。だってわたくしの最愛の元夫ですもの。裏切りは許せないわ」
梓さんは振り返りもせずに、言葉を残すとカツカツとヒールの音を鳴らしながら、レストランを後にした。
梓さんと、強面のボディガードの一段の姿が見えなくなると、道元坂が膝から床に倒れ込んだ。
「お、おいっ」
俺は道元坂を支えるように腕を掴むが、身体のでかい道元坂を俺一人で支えきれるはずもなかった。
顔面蒼白の道元坂が、薄眼を開いて俺の頬に触れる。
「智紀、怪我は?」
「俺は、全然平気だ。道元坂こそ、身体に穴が開きまくりじゃねえかよ」
「私はこれくらいの怪我は慣れている」
ふっと道元坂の口元が緩む。
レストランの外では、ドォンという大きな音がし、暗闇が明るくなったように見えた。
「ライのやつ…派手にやりすぎだ」
くすっと道元坂が笑うと、瞼を閉じた。
「ちょ…おいっ! 道元坂っ、目を開けろよ。死ぬなよ。死んだら、承知しねえぞ」
俺はどうすることもできず、流れ出る血を手の平で感じながら、叫ぶことしかできなかった。
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