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しぶとい奴ら

 俺は体温より少し温かいタオルで、道元坂の身体を拭く。  ベッドの上で座っている道元坂が、俺の胸を触るとシャツの上から、突起を摘まんだ。 「んっ…て、やめろよ。触るな!」  俺は道元坂の手を払うと、睨んだ。 「もう3週間もしてない」 「あんたが怪我人だからだろ」 「これくらいの怪我は慣れていると言った」 「瀕死の状態で言ったって、何の効果もねえんだよ。入院もしないで、さっさと家に帰ってきやがって…」 「本当は病院にすら行きたくなかったんだ」 「お前は予防注射する直前のガキかよ」 「どの傷口も弾は貫通していたんだ。病院に行く必要性はなかった」 「あったんだよ! 輸血しなくてどうすんだよ。大量に血を外に出しておいて」 「心停止するほどは出ていない」 「心停止してたら、死んでるだろ」 「生きているうちは、病院に行く必要はないと言ってるんだ」 「死んじまったって、病院に行く必要はねえだろ」 「…だから、私には病院行く理由はどこにもないということだ」  強情な奴め。病院に行ったから、助かったのに。  まるで病院に行かなくても平気だったみたいな言い方すんだから。 「…て、おい! なんでこんなに元気になってんだよ」  俺は道元坂のボクサーパンツの盛り上がりを見て、口を開いた。  風呂に入れないから、身体を拭いてるだけなのに…。毎度毎度、拭くたびに元気になってやがる。 「下半身の処理もしてもらいたいってことだ」 「我慢しろ」 「そろそろ限界なんだが? いや、とうに限界と通りすぎている」 「そのままどっかに突きぬけろ」 「少し…いいだろ?」 「怪我が治ったらっつたろ?」 「なら、もう治った」 「包帯をぐるぐる身体に巻いてる奴が、何を言ってんだよ」 「智紀…少し」  道元坂の顔が寂しくなったように見えた。 「…ああ、たくっ。少しだけだからな」  道元坂がニヤッと笑うと、俺の身体に手が伸びてきた。 「あっ…あ、あぁ…ちょ、動くなっ」  俺は、道元坂の上でぎゅうっと道元坂の首に巻きついた。  道元坂の欲望は底知れない。腰がガクガクして、自力で座っていることすらできない。 「少しっつったのにぃ。何回やったら気が済むんだよぉ」  俺は擦れた声で、呟く。 「智紀の中は気持ちが良くてな。外に出るのが嫌になる」 「阿呆か」 「事実を言ったまでだ。智紀は、どんな私でも受け入れてくれる。それが堪らなく嬉しくなる」 「は? だって付き合ってるんだろ? 俺たち」 「そういう人間に、俺は出会った試しがない。利用価値で、私の存在が決まっていた。利用できなければ捨てられ、利用できるなら居場所を作ってもらえる。そんな世界しか私は知らない」  道元坂が俺にキスをすると、腰の動きを速めた。もうすぐ道元坂の頂点がくる。  俺は道元坂から唇を離すと、やつの耳元で込み上げてくる快感を言葉にした。 「怪我をして、誰かに身体を拭いてもらい、看病してもらったのは、初めてだ」 道元坂の上でぐったりしている俺に、道元坂が優しい口調で言った。 「初めて?」 「ああ。今までは、怪我をしたことを隠し、普通に生活をしていた。さすがに足を怪我したときは、それができなかったが…」 「それで捨てられた?」 「ああ。使えない人間はいらないってことだろ」 「そんなぁ」  道元坂が俺の頬に手をつけると、ちゅっと唇を軽く重ねた。 「私にとって、智紀は特別なんだ。もう勝手に離れないでくれよ」 「あ、ああ、うん」  俺は驚きながらも、頷いた。  道元坂から、『離れるな』とか『特別』という言葉を聞けるなんて思いもしなかった。  胸の奥が熱くて、俺は自然と顔がほころんだ。  俺はぎゅっと道元坂の肩に抱きついた。俺、道元坂が好きだ。離れたくない。道元坂の傍に居たいよ。 「さすがに三週間、社長の業務を放っておくのはどうかと……」  ノックもなしに、寝室のドアが開くとライさんがズカズカと入ってきた。  俺はびっくりして、ベッドから降りようとして、バランスを崩した。ドタンと床に尻を打ちつけると、「いたたっ」と腰を擦った。 「あれ? 怪我人が随分とお盛んですね? 僕に仕事を任せておいて。そんなに元気なら明日からもう出社できるんじゃないですか?」 「智紀、平気か?」  ベッドの上から道元坂が声をかけてくる。 「あ…ああ、ちょっと立てないけど、それ以外なら」  腰が立たない。力が全く入らないよ。  俺はとりあえず手で伸ばして掴んだシャツをかぶった。ライさんに、素っ裸を見られるのはちょっと恥ずかしい。  下手したら、太腿に伝ってくる道元坂の精液が見られてしまうかもしれないと思うと、恥ずかしくて顔が熱くなった。 「ノックぐらいしろ」 「快くない情報とは思うけど、報告を一件。梓って人、命を取り留めたよ。間一髪のところで、車の爆発を避けたみたいだ。火傷のあとが残るみたいだけど、命に別状はないとか。残念だったね。優雅に楽しむ時間を壊すつもりなんて全くなかったんですけど」 「悪意満点で言ってるのくらい、知ってる。さっさと仕事に戻れと言いたいんだろ?」 「ええ。もちろんです。新婚気分はもう充分でしょ? 三週間もお時間を差し上げたんですから、しっかりと仕事をしてもらわないと」 『ふん』と道元坂が笑うと、布団から足を出した。痛々しい足の傷跡が、俺の目に飛び込んできた。 「出社する」 「え? 大丈夫なのかよ?」 「利用価値がある限りは、動かないとな」  道元坂が口の端を持ち上げた。ベッドから出た道元坂が、クローゼットを開けるとスーツに着替え始めた。 「僕の場合は、さっさと道元坂を過労死させて、智紀を僕のモノにしたいだけなんですけどね」  くすくすとライさんが笑うと、「玄関で待ってます」と部屋を出て行った。 「なあ…怪我してんのに、無理する必要があるのかよ」 「梓が生きてる。いつまた、襲われるかわからないし…いつ私の事業を邪魔するかわからない。固められるところは、固めておきたい」  梓さん…か。元夫婦なんだもんなあ。俺には入り込めないよ。  お互いがどんな風に思い合ってるのか…なんて、俺には理解できないから。もう別れて7年が過ぎるかもしれないけど、俺にはわからない絆みたいなのが…あるんだろうなあ。 「智紀?」 「あ、ううん。無理…すんなよ?」 「私は、梓に背を向けた。それは彼女にとって宣戦布告と同じことだ。自分に従わない人間は、彼女には敵と同じ。彼女が率いる組織は大きい。私には組織に対抗するほどの権力は持ち合わせていない。これから、厳しい風が吹くかもしれないが、私は智紀と生きる道を選んだ。後悔はしていない」  スーツの上着を羽織った道元坂が、「行ってくる」と玄関のほうへと歩き出した。  俺と一緒に生きる道を…道元坂が選んでくれた。後悔…してない。  俺は緩みそうになる口元に、ぎゅっと力を入れると零れた涙を腕で拭いた。  俺も、道元坂と一緒に生きていきたいよ。道元坂を失いたくない。  まずは俺にできることを、一つ一つクリアしていこう。  道元坂のもとで、生きるために。俺は道元坂を支える人間になりたいよ。 『誰があんたなんかとⅡ』本編終わり

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