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ジュニアのお守り2

 頭上で携帯が鳴る。瞼を持ち上げた僕は手探りで、携帯を掴むと耳にあてた。 「はい…」 『何をやっている。私はもう出かけるぞ。智紀の護衛をサボるな』 「あぁ、はいはい。今、行くから…」  やっとの思いで擦れた声を出す。 『ライ? どうした? 何か、あったのか?』  恵にしては、珍しく僕を心配する声だった。 「退け、くそ餓鬼」  僕の上で、すっかり伸びきっている恵のジュニアを床に転がすと、喉に絡んでいるタンを吐きだした。 「何でもないよ、恵。すぐに上に行くから。僕に5分だけ時間をちょうだい」 「誰?」と目を覚ましたジュニアが顔をあげた。 『ライ? 蛍と何かあったんだろ?』 「何もないって。寝坊しただけだから」 「親父?」  ジュニアが僕に質問してくる。僕は「そうだよ」と早口で答えるなり、ジュニアに携帯を奪われた。 「ちょ…何を!」  ジュニアが携帯に耳をつけた。 「なあ、親父! 俺、死にたくないよ。この人のこと…好きになっちゃった」  はあ? 僕は口を開けたまま、目を丸くした。こいつの脳内は、一体どうなってるんだ? 「な…何を言ってる! 自分の父親に言う台詞か?」 「だって好きになっちゃったんだ、あんたのこと。だから死にたくないって思った」 「馬鹿を言うのも休み休みにしてくれないかなあ?」 「本気だよ。俺、もっとあんたとセックスしたい! あんたの中に入りたい」 「それが馬鹿だと言ってるんだ!」 「だって、あんた…綺麗なんだ。もっとエッチしたい」  携帯の中で、失笑しているのが聞こえてきた。恵と通話中だった。すっかり恵にバレたじゃないか。 『性教育がどうとかって昨日、言ってたのは誰だったか…』  僕は、ジュニアから携帯を奪い返すと耳にあてた。 「とにかく5分であがるから…待っててよ」 『ああ。5分だけ、な』  にやりとほくそえんでいるのが手にとるようにわかる言い方に、僕は荒々しく携帯を切った。  恵の部屋の玄関をあけると、スーツをびしっと着ている恵が、緩んだ表情で立ってた。おもむろに腕をあげると、時計を確認する。 「ぴったり5分だな。遅刻は遅刻だが…まあ、いい」  やっとの思いで目標地点に到達した僕は、玄関に倒れ込んだ。  気合いだけここまであがってきたけど、腰に力が入らない。骨抜きにされたって言葉がぴったりだよ。 「ずいぶんとスーツが乱れているな? ライらしくない」  恵が僕の上に跨ると、外れているワイシャツのボタンをとめる。僕は恵のネクタイと掴むとぐいっと引っ張った。 「何なんだ、あのガキは! お前とそっくりすぎて、殺したくなる」 「可愛いだろ?」 「全然、可愛くない」 「言葉遣いが乱れているぞ? 莱耶」 「その名前で呼ぶな。僕はライだ」  恵の手が僕のネクタイに行き、手早く結んでくれる。 「クールに余裕ぶった態度はどうした? 智紀にバレるぞ? ま、今ここにいなくて良かったな」 「うるさい」  そんなこと、わかってる。 「私は出社する。後は頼んだぞ」 「はーい。ついでにそこのガキも連れて行ってよ」 「それは無理な願いだな」  にやっと恵が笑う。 「だが…あの子の戦意を喪失したのには、礼を言う。さすがライだな」 「お前の変なDNAのせいだ」  くすっと恵が笑うと、僕の上から退いた。恵の綺麗に整えてくれたスーツを確認しながら、僕は立ち上がる。  やっぱり腰に力が入らない 「なあ、親父。この人とどういう関係だよ」  怖い顔をしているジュニアが、恵を睨みあげた。  恵が、にやっと口を緩めると「さあな」と答える。 「ずいぶんと親密そうじゃねえかよ」 「親密なのだから仕方がない。蛍よりも、深い付き合いだからな」  恵が、蛍の肩をパンと叩くと、玄関を出て行った。  また…そういう誤解を与えるようなことを言うな! しかも言い逃げだし。  ジュニアの目が僕に向くと、まっすぐな視線で僕を責めた。  独占欲の強いヤツは嫌いだよ。付き合ってるわけじゃないのに、まるで僕を所有物ように扱い、僕が悪いみたいに責める。とくにガキは…面倒くさい。  僕は、ジュニアに背を向けると居間に向かった。

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