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本物のペテン師は誰?
ーライsideー
「相性ぴったりだな、私たちは」
黒塗りの車の助手席に乗り込んだ僕に、後部座席に座っている恵が、嬉しそうに呟いた。
「何が、『相性ぴったり』なんでしょうね。全て計算通り。順調に事を進めておいて」
「ライの足から流れ出る精液には、予想外だ。私の計画には入ってなかった」
「恵と梓の遺伝子を受け継いだ子なんですから。大人しくしているわけないでしょ」
「じゃあ、ライは計算に入っていたと?」
「男に欲情するとは思いませんでしたけど」
「なら、やっぱり予想外ということなるな」
くくっと喉の奥で笑う恵に向かって、僕はメモリースティックを投げつけた。
「ほら。欲しがってた情報です。小森 梓と取引している人間たちのデータが全て入ってます」
「こんなあっさりとデータが奪えるとは…梓も落ちたな」
「あちらも計算外の動きだったのでしょ? 僕が度重なる拷問で動けるはずがない…と勝手に思い込んでいた。それに夜中、セックスを強要する息子と同じ部屋に居る…それだけで僕があの家の中を徘徊するとは思わなかった。完全なあちらのミスですけど」
「よく厳重な警戒態勢の中から、出てこられたな」
僕は静かに走り出す車の窓から見える…捉えられていた屋敷をちらっと見やった。
「厳重だからといって、完璧な警戒ではない。僕にできないことなんてありませんよ」
僕は口を持ち上げて笑うと、見えなくなる屋敷に別れを告げた。
もうあんな屋敷に囲われたくありませんね。視界にも入れたくない。
「この僕にできないことはたった一つ。弟を抱けないことですよ」
「ライ…」
「あんなに可愛くて愛おしいのに。僕には抱けない。一度死んで、全てをリセットしたはずなのに。僕にも常識人としてのルールが染みついているんでしょうね」
「莱耶」と恵の憐れむような声が背後からした
「ま。恵が不慮の死を遂げたら、迷いもせずに智紀を僕の妻にしますけど」
「口にするのは簡単だ。胸に秘めた熱い想いを隠すのは難しい」
「珍しく哲学的なお言葉をどうも。僕は智紀の幸せな日常を守れればそれでいい。あの可愛い笑顔を壊したくない。僕の大切なお姫様だよ」
僕は助手席の椅子に寄りかかると、火傷の痛みを堪えながら、瞼を閉じた。久々にぐっすりと眠れる夜を過ごせそうだ。
「グズグズ」
恵の別荘で僕は背中の火傷を鏡で見ながら、呟いた。
きちんとした治療もせずに、放置したせいか…なんかもう見るに堪えられないって状況だ。
1ヶ月も過ぎると痛みもマヒしてきちゃって、触れられればビリっと電流が走るような痛みがあるけど、それだけ。
「ライさん、ご飯の用意ができたよ」
がちゃっとドアが開き、智紀が顔を入れてくる。
僕はぱっと白いワイシャツを羽織ると、智紀に笑みを送った。
「なあ、本当に病院に行かなくていいのかよ!」
智紀が隠すように羽織ったシャツに感づいたのか。心配な視線を僕に送ってくる。
可愛いなあ、智紀は。そういう表情をされると、僕は嬉しくなるよ。
「平気ですよ。智紀こそ、恵と離れてて寂しいでしょう?」
僕の言葉に、智紀の頬が紅潮した。
「べ…別に寂しくねえし。毎日煩いくらい電話がかかってくるからうざいよ。海外からの電話って金がかかるんじゃねえの? 金を湯水のごとく垂れ流しやがって。金銭感覚がおかしいんだよ、あいつ」
的を得られて恥ずかしいのかな?
隠さなくていいのに、僕は智紀のことなら何でも知ってるんだよ?
お兄ちゃんなんだから。
「なあ…ライさんってさ。記憶がないって言ってたじゃん」
「ええ。恵に拾われる前の記憶はありませんよ」
本当に消せるものなら、消してしまいたい。そしたらきっと智紀を、これ以上ないくらい愛せるかもしれないのに。
でもやっぱり消したくないかな? 智紀と過ごした日々は、僕の大切な宝物だよ。
「たまにさ。記憶を失う前の自分を知りたいとか思わない?」
「思いませんね」
記憶はばっちりありますし、ね。
智紀が、口を曲げると首を横に傾けた。あまり納得いく返答を僕はしていないみたいだ。
「記憶がない…というのは、きっと思い出さなくていいという記憶なのだと思います。僕にとって必要のないメモリーなんですよ。だから、知りたいとは思いませんよ」
「そういうもんなのかな?」
智紀が「うーん」と唸りながら、ドアノブから手を離して、腕を組んだ。
ガサッと外から葉音の擦る音が僕の耳に届く。僕は窓の外に視線をやると、ズボンのウエストに突っ込んでる拳銃に手をかけた。
「智紀、僕がいいと言うまでクローゼットの奥に隠れててください」
「え? ライさん?」
「外に誰かいます」
この別荘なら、梓も知らないって言ってませんでしたっけ? 恵!
僕はこの場に居ない恵に愚痴を垂れる。
怪我人の僕に、智紀を任せて海外に行ったんですから、きちんとしておいてもらわないと困るんですけどね。
僕の言葉に、智紀が僕の部屋のクローゼットに隠れた。クローゼットの奥には、防犯用に個室になっている。
僕か、恵かの指紋がなければ開かないドアだ。智紀用にと、恵が取り付けたらしい。が、こんなに早く使用することになるなんて、思いませんでしたよ。
僕はそろりそろりと、窓に近づくと、カラカラと窓を開けた。はだしのまま、外に出る。
人の気配を感じる。近くに人がいる証拠だ。
僕は拳銃を構えたまま、外に出ると冷たい土の上を歩いた。小石が足の裏に刺さる。靴下くらい履いておけば良かったなどと後悔をしながら、僕は少しずつ建物から離れた。
1歩前に出れば左右を確認し、2歩進めば後ろを見やる。それを繰り返し、建物から10メートルほど離れたところで、背後の木の上から飛び降りる音がした。
振り向くと同時に僕は口を押さえられ、雑草の生い茂る土の上に押し倒されたそのはずみで拳銃が、数メートル先に飛んでいく。
「しっ、騒ぐな」
黒いスーツに黒のサングラスの男が僕の口を塞いでいる。
ガタいのある男は素早く僕の手首を縛りあげると、拳銃を額に突き付けた。
「報酬もせずに雲隠れとは、少々いただけないなあ、莱耶」
サングラスを外した男が、口元をにやりと持ち上げた。
「きちんと支払ったはずですけど? 桐夜」
「支払いの最中に、人を眠らせておいて言う台詞か?」
「おかげで、簡単に屋敷から外に出られました。礼を言います」
「礼などいらない。俺が欲しいのは、お前の心と身体だ」
「残念ながら、あげられるモノが一つもなさそうです」
梓の側近である桐夜が、『ちっ』と舌打ちをすると僕の股間を膝で圧迫した。
「…くっ」と僕は圧迫された痛みから、声が漏れた
「梓様のガキにはあげておいて…俺には何もナシっつうのか?」
「そういうことになりますね。それに、あの坊やにもあげたつもりはありませんよ。勝手に奪ったんです」
「可愛く鳴いて善がってたくせに」
「ああ、聞こえてました? 可愛いとは到底思えない、痛みに耐える声でしたけど」
カチャカチャとズボンのベルト緩めた桐夜に、僕は足を振り上げて股間に蹴りを入れた。
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