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本物のペテン師は誰?2

「うっ」と呻き声とともに、桐夜の拳銃が僕の腹部に発砲した。 「動くな…くそっ」 股間を押さえながら、桐夜が苦しそうに口を開く。  僕はカッと熱くなった腹部に、激しい痛みを覚えた。じわじわと白いワイシャツが赤く染まっていく。  全く…やめてもらえませんかね。こんなわかりやすい怪我の仕方は…智紀が心配するじゃないですか。  あの子は、繊細で気が弱いんですから。本当に、もう…僕の気持ちを理解しない人たちばかりで困ります。  僕は手首を縛られた自由のきかない腕を振りおろして、桐夜の後頭部を殴った。一瞬、気の緩んだ桐夜を確認してから僕はごろんと転がって、拳銃の元へと向かう。  膝をつき、立ち上がろうとすると、後ろから太腿を撃ち抜かれた。 「あっ…」と声をもらしながら、僕は草の上に倒れ込んだ。 「大人しくしていろ。こっちだってリスクを冒してるんだ。それなりの報酬をもらわなくちゃ割に合わない。セックスぐらいで暴れんじゃねえよ」 「最初からそう言ってくれればいいものを。僕の心を欲しいなんて言うからでしょ? 僕は誰のモノにもならない」 「そう言うから、欲しくなる。お前の全てを、な」 「あげないって言ってるでしょ」  全く頭の悪い人だ。まだ欲望に正直なジュニアのほうが、気楽だ。  僕は土まみれになりながらも立ち上がり、桐夜に背を向けて拳銃のもとへと歩みを進める。  右足が重い。腹が痛い。なんて最悪なコンディションだろうか。  ズボンの中から携帯を出すと、桐夜に悟られないように短縮ダイヤルで恵の携帯に電話をかけた。 『通話中』の表示になり、口を開こうとすると、後頭部をガツンと拳銃の柄で殴られた。 「どこに電話してんだ!」  携帯が僕の手から飛んでいく。 「恵…早く帰ってこい!」  きっと聞いている。  僕の声は、きっと恵に届いてる。 「早く…戻って…ぐぁっ」  左足の脛を撃たれ、僕は桐夜にひれ伏した。  こんな雑魚に僕たちの居場所を知られたなら、きっと梓にも情報が流れている違いない。  早く…智紀を別の場所に移動させなくちゃ。智紀を安全な場所に。 「道元坂に助けを求めても、あんたを助けちゃくれないさ。海外にいるんだろ? ああ?」  痛みで動けなくなった僕の髪を掴んで頭を起こさせた桐夜が、耳元で怒鳴った。 「助け? 何のこと? 僕に助けなんていらないよ」 「強がりやがって。好きな男に声を聞かせてやれ。俺に抱かれて善がる声をな」  僕の好きな人は、智紀だ。恵じゃない。恵に聞かれたって、別に痛くも痒くもない。それより、智紀を早くここから遠くに。 「恵…、は、やく…」 「まだ言うか!」  僕は、上に乗っかられた桐夜に殴られた。痛みなんかもう感じなくて、朦朧とする意識を繋ぎとめるのに必死だった。  ここで意識を失うわけにはいかない。智紀を、守らなければ……。 「裏切り者はお前か」  恵によく似た声が頭上から聞こえた。恵かと思ったけど、恵に比べて随分と背丈の低い少年だ。 …ジュニアか? どうしてここに…というか、ますます智紀の身の安全が低くなる。 「蛍様っ? どうしてここに?」 「俺は嫌いなんだよ。俺のモノに手を出されるのが」  だから…僕は誰のものじゃないって言ってるのに。 「は? うるさいよ。俺がどこに居ようが関係ねえだろ」  頭上から聞こえてくる声に僕は瞼を持ち上げた。  どうやら、気持ちとは裏腹に気を飛ばしていたらしい。ジュニアが、僕に背を向けて携帯で誰かと話をしている。  制服姿の背中がうまい具合に僕を熱い日差しから守ってくれているようだ。開け放たれいるワイシャツの隙間から、大雑把に止血した跡があった。  右足にネクタイ、左足にはハンカチで縛って止血してある。  ジュニアがしてくれたのか?  太い樹木の幹に寄りかかって座っている僕は、右太ももの脇にそっと置いてある拳銃に触れた。  馬鹿か? 僕の傍に拳銃なんて置いて…死にたいのか? 「いちいち詮索するな。母親だからって、俺の……」  ジュニアの言葉が止まる。  僕が銃を放ったからだ。右足に一発、狙いを定めて撃った。  ガクンと膝から下に落ちながら、ジュニアが振り返る。  次に僕は、携帯に狙いを定めるジュニアの手はすでに血で汚れている。  僕の血か? 桐夜の血か? …あのあと、桐夜はどうなったのだ?  脳内が、逆光で桐夜の背後に立ちはだかったジュニアを思い出し、心がドキッと反応した。引き金を引く指にその動揺が響く。  一瞬の躊躇が、狙いを外した。ジュニアの手ごと携帯に穴が開く。  ジュニアの顔が痛みで歪み、僕を睨む。びっくりするくらい恵にそっくりな瞳だった。 『母親』…と電話中ってことは、ジュニアがここにいるとGPSでバレている。ここがどこか…誰の敷地かなんてすぐに調べがつくはず。  ここは一刻も早く姿を消さなければ。  僕は立ち上がると、ジュニアに拳銃の先を向けたまま、後ず去っていく。腹と両足が熱くて痛い。 「どういうつもりでここにいるか…なんて僕は知りませんけど。敵に背を向けて通話するなんて、随分とアマチュアじゃありませんか?」  口を動かしながら僕は5歩ほど歩き、膝からがくっと地についた。  世界がぐるぐると回る。身体中の血が沸騰しているみたいだ。  息が上がり、呼吸のたびに肩が大きく持ち上がった。  最低、最悪だ。こんな弱っちぃ身体で、どこまで遠くに逃げられるというのか。  それとも恵が戻ってくるまで、智紀をクローゼットの奥に隠しておいたほうが安全なのか?いや…それはあくまで、梓がここに乗り込んでこなければ、有効な策なのだろうが。  ここに長居は無用だ。どこまで梓が知っているか。どこまでこのジュニアが、梓に対し協力的なのか。僕はさっぱりわからないし、ジュニアを信用する気など毛頭ない。  立て。足を動かせ。僕が動かなくてどうする。  僕が智紀を守るんだ。目を開けろ。  瞼を持ち上げるんだ。僕の意思とは裏腹に、身体の自由がきかない。駄目だ…倒れるな。  起き上がれ。僕は智紀を、守るん…だ。  僕の眼前には、真っ暗な闇が訪れた。

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