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素直になれなくて
ー恵sideー
『恵…早く帰ってこい!』
ちっ、少し遅すぎたか。
地面に倒れゆく莱耶の首根っこを掴んだ私は、胸元から拳銃を出して、蛍の心臓を狙った。
「俺じゃないっ。桐夜だ」
右手に風穴の開いた蛍が、苦しそうに顔を歪めて口を開いた。左手で、右手首を押さえて痛む手を庇っている。
右足も撃たれたのか。引き摺って、歩いた道筋ができていた。莱耶に撃たれたな。気を失ってもなお、拳銃を離さずにいる莱耶の手をちらっと確認した。
凄い根性だよ、全く
「情報を流してやっただろ! だからこうやって早く日本に…」
銃口を上に向けると、私は蛍の頬に掠るように弾を放つ。
「子供の遊びじゃないんだぞ。そうコロコロと態度を変える人間の言葉を信じられるか」
「なら…どうしてここにいんだよ」
「莱耶が私を呼んだからだ」
「…んだよ、それ」
蛍がむすっとした顔をする。
「母を捨てる覚悟があるなら来い。ないなら、即刻立ち去れ。餓鬼に用はない」
私は蛍の反応も見ずに、拳銃を仕舞うと、背を向けた。
答えはわかっている。ここまで来て…引き返す子ではないだろう。
どんな思いでここに来たか…までは追及しないが。莱耶を抱えて歩く私の後ろから、小さな足音が聞こえる。右足を引きずる音が、頼りなく感じた。
13歳で、母親に父親を殺せと言われて…蛍は何を思ったのだろうか。梓と別れてから、一度も目にしてなかった蛍がこんなに成長していたとは…感慨深いものがある。
父親らしいことなどした覚えはないが、蛍を見ると、父親なのだと思わせられる。だからといって、これからも世間一般で言う父親にはなれないと思うが。
窓から、莱耶が使用していた室内に入る。ベッドに気を失った莱耶を寄りかかせると、クローゼットに向かった。
莱耶のことだ。智紀を防犯用の個室に入れているはずだ。
「お、おいっ…どこに行くんだよ!」
蛍が、窓に手をついて私に質問を投げてくる。
「ライが守ったものを守る。それだけだ」
「はあ?」
クローゼットを開ける。
服の裏にある液晶に指を押しあてて、扉のロックの解除をした。ぎぎっと重厚な音が鳴りながら、ゆっくりと開いた。
小さな室内で、身体を丸めて座っている智紀がぱっと頭を持ち上げた。
「ライさんっ、何かあった…って、道元坂?」
智紀の目が見開く。
不安と恐怖の入り混じっている表情に、微妙な安心感が加わる。きょろきょろと回りを見ながら、立ち上がると私に近づいてきた。
「どうして? 海外に行ってるって…」
「帰ってきた」
智紀の細い手が、私のネクタイに向かって伸びてきた。
「そんなこと昨日の電話では一言も…って、ライさんっ?」
私の隙間からベッドにもたれ掛かっている気を失っている血だらけの莱耶が目に入ったのだろう。
私の胸に伸びかけていた智紀の腕が、私の押しのけると、莱耶のほうへと駆け寄って行った。
「ライさんっ!」
「…はい? 何ですか」
苦しそうな息の絶え間から、か細い莱耶の言葉が漏れた。
「どうして…なんでっ」
智紀の視線が横に動き、窓枠に寄りかかって足と手の傷の痛みを堪えている蛍に向いた。
「あんたか?」
「え?」
智紀の投げかけに、蛍がかったるそうに返事をする。
「あんたが、ライさんを傷つけたのかって聞いてんだよっ」
「はあ?」
蛍が眉間に皺を寄せて、機嫌悪く答えた。
「許さないっ。俺のライさんに何すんだよ!」
『俺の』?
智紀の言葉に引っ掛かりを感じる。
蛍に飛びかかる智紀の横で、莱耶が微かに嬉しそうに微笑んだのが見えた。蛍の首に飛びついた智紀が、闇雲に拳を振り回す。そのどの拳も、負傷してる蛍に避けられた。
「なんで避けてるんだよ、一発くらい殴られろ」
「はあ? なんであんたみたいな弱っちぃヤツに殴られなくちゃいけねえんだよ」
蛍が、智紀を床に叩きつける。
「あぅ」と声を漏らしながら、智紀が床に肩をぶつけた。直後に、拳銃の音が響く。
震える腕で莱耶が、蛍に向けて発砲のしたのだ。
「僕の智紀に触れないでいただきたい」
『僕の』ときたか。
莱耶の弾は、窓ガラスを割る。負傷した身体で、無理をしたからだ。
「ライ、立て。行くぞ」
「ええ。わかってます」
莱耶が、「くっ」と痛みに耐えながらよろよろと立ち上がる。
「ちょ…待てよ。ライさんの治療が先…」
智紀が身体を起こすと、莱耶の前に座り込んで傷の具合を見た。
「いえ、治療は後回しです。一秒でも早くここから離れないと」
「は? だってライさん…」
「恵、智紀と先に行ってください。僕の足に合わせていたら…逃げ遅れる」
「ああ、ダミー用の車が裏にある。それを使え」
「ええ。ご親切な配慮に、感謝します」
私は、智紀の肩を抱くとぐいっと引っ張った。
智紀の身体は私のもとにくるが、視線はライのもとにあった
「俺も…残る」
蛍がぼそっと呟いた。
「くそ餓鬼は行ってください。僕は、一人がいい」
「役に立てるかもしれないだろ」
「人も殺せない餓鬼が。僕の足手まといになる。恵に身の安全を守ってもらえ」
蛍がむっとした表情になる
「蛍、お前も私と来い。ライなら平気だ。な?」
「ええ。僕を誰だと思ってるんですか?」
莱耶がにやっと笑った。
無理しやがって。もともと弱音を吐くタイプではないからな。
足手まといになるくらいなら、自ら切り捨てられる方へと身を投げるヤツだ。しかも誰にも心配されずに、強気を装って。
強気な発言のたびに、私が心配しているなどと心にも思ってないだろうがな。
「智紀、行くぞ」
「でもっ」
「蛍も。ぼうっと突っ立ってないで走れ」
蛍が『ちっ』と舌打ちをすると、走り出す。
私は、後ろ髪を引っ張られすぎの智紀の肩を強く掴み、走る。古傷の足が痛む。
歩くことはもう無理だろうと医師に言われていた足を、ここまで回復させたが…やはり、痛みはなかなか取れないものだな。
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