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気高い心

ーライsideー 「また気を失っていたか」  僕は木陰で少し休んだつもりが、気を失っていたらしい。立っていたはずなのに、ごろんと土の上に横になっていた。 「全く。怪我人の僕に、重大な仕事を押し付けていかないで欲しいよ」  僕は腕時計に目をやる。あと5分の猶予か。  道元坂の別荘に少々、手の込んだ仕掛けをしてきた。無闇に僕たちの痕跡を残して、あちらさんたちに情報を与えたくない。  消せるものは、消せるときに消す。それが僕の流儀だ。  僕は車の助手席に座っている桐夜の死体に目をやった。脳天を一発で撃ち抜かれている。  恵の仕業だろう。もしものために、死体を乗せて置いておいた。このまま放置をしても、梓への警告になるし…または道元坂の仲間が一人減ったという偽装もできる。  まるで僕が、首を吊って死んだときみたいに。まあ、実際には僕ではなくダミーの死体だったけど。 「また僕に、死んでもらいましょうか? 桐夜、僕になってくださいよ」 くすっと笑い運転席に向かう途中で、僕は拳銃を額に突き付けられた。 「気を失っている時間が少し長すぎたかな?」 僕は黒いスーツを着ている男ににっこりと微笑んだ。無表情な男が、すっと拳銃をおろした。 『蛍は?』  男の指が話す。手話だ。  首に巻かれている黒いマフラーの裾がひらひらと風で揺れた。あのマフラーの下には、思わず視線を逸らしたくなるような傷跡が残っているのを僕は知っている。 「恵と一緒に行った」  僕はいつもよりはっきりと唇を動かす。それだけで目の前に立っている男・侑は、僕の言葉を聞き取ってくれる。耳は正常に機能してる。  ただ昔、梓に喉を切られて声帯を失ったらしい。 『なら…良い』 「僕、怪我してるんですけど?」 『助けて欲しいのか?』 「できれば」 『珍しい』  侑の手が差し伸べられる。僕は手を伸ばすと、侑の手の上に乗せた。 「大好きな梓様に、怒られるんじゃないの?」 『あの方は怒らない。見限るだけだ』 「いいの? 僕を助けたら、侑の居場所がなくなるよ?」 『すでに失った』  寂しく笑う侑が、恵の車の運転席に乗り込んだ。僕は後部座席に乗ると、ごろんと座席に横になった。  全ては梓様のために…だっけか? 口癖のように…いや、手話だから指癖というのか。よく言っていたな、侑は。  昔はその侑の手話が嫌いだったよ。全ては…って指先が動くたびに、苛々していたんだ。  知らなかっただろ? 遠い昔のように感じる。  僕に向かって話しかけてくるなんて、何年ぶりなんだろうね、侑。ねえ、侑。知ってた? 僕は、あの時…僕なりに侑を愛していたんだ。  ホントに、遠い昔話だよ。車に三人、乗車中か。  爆発まであとわずか…この車は一体どこまで行けるかな? この車が爆発に巻き込まれたとしても、恵、智紀…蛍の身代わりくらいにはなるだろ。

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