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帰る場所
ーライsideー
波の音が聞こえる場所で、僕は海を眺めた。砂浜には僕の足跡だけ。綺麗な海は朝陽を浴びてキラキラと輝いていた。
「なかなか来ないから、探しに来てしまったじゃないか」
背後から聞こえてきた声に、僕は口を緩めた。
「本社から連絡が行きましたか? ヘリの使用許可が…」
「ああ。ライが一人でこっちに来る…とな」
「そうですか。サプライズで来ようと思ったんですけど」
「私以外は、まだ誰も知らない。智紀は毎晩、ベッドで泣いているぞ」
「それは恵が鳴かせているんじゃないんですか?」
恵が僕の横に並ぶとにやっと笑った。
「生きてて良かった」
「生きてるに決まってるじゃないですか。智紀が生きているんですから」
恵が僕のほうに身体を向ける。僕も恵に身体を向け、顔を見合わせた。
恵が腰から二つに身体を折ると、僕の肩に額を乗せた。僕の左肩にぐっと重みが増した。
「今回は駄目かもって…」
恵の言葉が止まる。ごくっと唾を飲み込む音が、波の合間から聞こえた。
「焦った」
喉仏にかかる低い声が、僕の耳元で囁いた。
「意外と僕の不在には堪えたみたいですねえ。僕も恵に愛されているんですね。初めて知りました」
「ライ…今は、冗談を言える気分では…」
「僕が冗談を言いたいんです」
「ライ?」
「侑が死にました。自殺です。僕を助けて、傷の手当てをしてくれ…その直後に」
恵が僕から離れると、スーツのポケットに片手を突っ込んで、もう片方の手で僕の頭を恵の胸に押し当ててきた。
「そうか」
「侑、知ってますよね?」
「ああ。知ってる。蛍の教育係だったし、私の会社にライを薦めてくれたヤツだ」
そうだったんですか。通りで…。
羽振りの良い会社に、学歴のない僕がエリートコースを歩めたわけだね。裏で侑の口添えがあったんですね。
侑はいつも重要なことは何も言ってくれないから、わからないじゃないですか。
「自殺した、か。彼らしい選択だな」
「腹立たしいですよ」
「梓は惜しい人間を失った。あんな律義に組織の教えを守る人間を、意図も簡単に見殺しにしてしまうんだから」
「死ぬ必要なんてなかったのに」
「蛍がこちら側を選んだのだ。責任をとったのだろ。教育係として」
「え? ここにいるんですか?」
「あからさまに嫌な顔をするな」
「あからさまに嫌なんですから、仕方ないでしょ」
恵がクスクスと笑って、僕から離れた。
「久々に智紀の寝顔を見たらどうだ? 可愛いぞ」
「恵に言われなくとも、見させていただきます。僕の智紀なんですから」
「…あ、そうだ。智紀に聞き忘れていた。『俺のライさん』ってなんで言ったのか…」
「間違ってないですよ。僕は、智紀のために生きているんですから」
僕は、恵と肩を並べて歩き出す。帰るべき場所が…僕にはあって良かった。
僕を受け入れてくれる場所があって、良かったですよ
砂浜に、僕の隣でもう一つの足跡が増える。一人じゃない。それが堪らなく嬉しくて、頬の筋肉が勝手に緩んだ。
「何、ニヤけている?」
「え? ニヤけていますか? 智紀に会えるって思ったら、無性に元気になっちゃって」
「ライ、悲しいときは泣けよ」
「嫌ですよ。あ、でも智紀の胸の中なら…」
「貸さん」
「別に恵の許可なんて要りませんよ。僕の智紀なんですから」
「『私の』智紀だ」
「独占欲の強いおっさんって僕、きらーい」
「…たく。莱耶、無理はするなよ」
恵が僕の頭を撫でた。大きな手だった。その仕草が侑と重なり、胸が苦しくなる。もう会えないんだなって思うのが、悲しさを増した。
「無理なんてして……」
『いませんよ』という言葉が、出なかった。
別荘の二階から、こっちを見ている蛍と目が合った。無表情で、じっとこっちを見ている。
僕と目が合うと、くるっと背を向けて部屋の中に入ってしまった。何…ですか? あの目は…。
「ライ?」
「え?」
「どうした?」
「あ…いえ。何でもありませんよ。何でも…」
僕は髪を掻きあげた。
恵は気づいてないのだろう。なら、別に会えて言う必要はないのかな?
あんな怖い顔をしたジュニアがこっちを見ていた…なんて。
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