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兄弟愛の裏で、親子愛?
ー恵sideー
ジーパンにTシャツの上から、紺色のエプロンを引っ掛けた蛍が、私に近づくと、淹れたてのコーヒーとプリンをテーブルの上に置いた。
「昨日、智紀と一緒にプリンを作ったんだ。どうせ、寝不足なんだろ。食えよ。糖分をとっておいたほうがいいんじゃね?」
「他にも作ったんじゃないのか?」
「あ? 別に」
「蛍が一人で作ってただろ?」
「あ…ああ、まあ」
「なぜそれを出さない?」
「そんなもん、捨てたよ。誰も食いたくねえだろ。あんただって、智紀の料理がいいはずだ。俺のはいいんだよ」
蛍がぷいっと横を向く。鼻先が少し赤くなっていた。
「蛍、お前が作ったのも食べてみたいんだが」
「いいよ…食べなくて。いいんだよ、別に。無理すんな」
「無理しているのは、蛍だろ?」
「…いいんだってば」
蛍がパタパタとスリッパを鳴らして、キッチンに戻って行った。
蛍が、真夜中に人知れず料理をしているのを何度か目にした。
作って完成したのを満足げに眺めた後、蛍は泣きだしそうな顔をして、料理をゴミ箱に投げ捨てていた。その後、苦しそうな顔をして、下唇を噛み締めている姿が、私の瞼に衝撃的に焼きついた。
あんな顔をする息子を見て、平然としていられない。どうしてあんなことをするのか知りたいと思った…が、どうやって聞いていいのか。
私にはわからない。
素直に、蛍の料理が食べたい…と言ってみたが、逆効果だったみたいだ。新聞を広げると、その隙間からキッチンで洗いものをしている蛍を眺めた。
料理は好きなんだろう。だが、料理好きな自分を認められないみたいな感じがする。
嫌悪していると言ったほうがいいのか。でも作りたいという欲求と、戦っているようにも見える。
欲求に耐えられなくて料理をしてみたが、そんな自分が情けなくなって、作った料理を捨てた…というところか。
私は蛍の淹れてくれたコーヒーを一口飲んだ。
これ…この味は…。
私は顔をあげると、蛍の姿を探した。洗いものを終えた蛍が、居間を出て行こうとしている姿を見て、「蛍」と慌てて、呼びとめた。
「なに?」と蛍が足を止めて、振り返った
「このコーヒー、美味いが…ライには淹れるな」
「は?」
「お前、侑に教わったのだろ? コーヒーの淹れ方を」
「あ、ああ。なんでわかる?」
「侑が淹れるコーヒーと同じだ。だからこそ、このコーヒーはライには淹れるな」
「はっ…あの人、俺の作ったものが一切口にしねえよ。智紀だっけ? あいつの作ったもの以外はいらねえって言ってたし」
「そうか。なら、いい」
「あっそ」
蛍が少し寂しそうな顔をしたように見えた。
「侑が死んだそうだ」
蛍の肩がびくんと跳ねた。
「そう、かよ」
「ライは以前、侑と付き合っていた。だから…このコーヒーは少し酷だ」
「飲まねえだろ。俺のコーヒーなんて。親父も無理して飲まなくていいんだからな」
蛍が鼻を啜ると、私に背を向けて居間を後にした。蛍の本音が見えない。何をどうしたいのか…。
「父親失格だな」
私は頭を掻いた。
父親らしいこともせずに、失格も合格もないと思うが。やっぱり近くに居ると、ついつい父親として…なんて考えてしまう。
どうしたら、蛍の本心が覗けるのだろうか。心を開いてもらいたい。
我儘かもしれないが、蛍にもっと頼ってもらいたいと思っている己がいるのは確かだ。まだ13歳なのだから、まわりの大人に頼ってもいいんじゃないか?。
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