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蛍の素顔 蛍の本音
ーライsideー
智紀との再会を無事に果たせた僕は、ほくほくした心持ちで廊下に出た
智紀が着替えたら、朝食を作ってくれると言っていた
それがすごく楽しみだ
久々の智紀の手料理が食べられる
思わずスキップしたくなる気持ちを抑えながら、居間へと続く廊下を歩く
前から居間を出てきたばかりの蛍が来るのがわかった
蛍も、僕に気がつくと、びくっと怯えたような目をして、ぷいっと横を向いた
視線を逸らしたまま、僕の横を通り過ぎていく
な、何なんだよ!
僕は足を止めると、蛍に振り返った
「二階から睨んでおいて、次は無視って…腹立たしいにも程があるんですけどねえ」
僕の言葉に、蛍が歩みを止める
「ごめん」
蛍がそれだけ小さな声で言うと、すたすたと廊下を歩きだした
な、何なんですか、あれ!
急にしおらしくなって、意味がわかりませんっ
苛つく心を「ふん」と鼻息で吹き飛ばしてから、恵のいる居間に僕は足を向けた
『ボス、蛍様がお一人で海のほうへ行かれましたが?』と、夜中に報告にきた部下を思い出す
なんで僕が、確認しに行かなくちゃいけないんですかねえ
ザクザクと砂浜を足跡通りに歩いて行きながら、心の中で文句を垂れた
海外に電話するという予定があって、恵に付き合ってましたけど
書斎に行かないでさっさと床についていれば良かった
そうすれば、報告に来た部下がジュニアの姿を確認しに行き、僕は何も知らずに夢の中で、智紀と良いことをしていたはずなのに
全く、とんだ貧乏くじだよ
僕は軽く後悔をしながら、ジュニアの姿を探した
13歳くせに
こんな深夜に徘徊なんて、どんなお仕置きが効果的ですかね?
僕は海辺で佇む蛍の背中を捉えると、ほっと息を吐いた
最初、ホームシックで一人、みみっちく泣いているのかと思った…が、そうでもないらしい
無表情で、じっと暗い海を見つめていた
ジーパンのポケットに手を突っ込んで、男にしては長い睫毛が何度も上下している
冷たい風が吹くたびに揺れる漆黒の髪が、さらさらとなびいていた
「ジュニアが勝手に行動すると、こっちが困るんですけどねえ」
僕は腰に手をあてて、仁王立ちで文句を口にした
蛍の視線がゆっくりと横に立った僕に向く
すぐに下に目線を移動させてから、「ふっ」と口元を緩めた
「なら、親父の部下を使って、ぴったり見張らせておけばいい。微妙に俺を監視しているから、いけなんだろ」
「少しは信用されたいとかって気持ちはないんですか?」
見張らしておけばいい…って、どの口が言ってるんです?
血色の良い唇を摘まんでさしあげましょうか?
全く、いちいち腹立たしい子だ
「妙な期待は破滅を導くと教わった。それに俺はどこに行っても、信用はされねえよ」
「は?」
「だってそうだろ。俺は親父の子でもあるし、おふくろの子でもある。どっちの味方を俺がしてるかなんて、誰の心にもわからない。こうやって親父のところに身を寄せて、おふくろに情報を流していると思われたって仕方ない位置にいるんだ」
「だからこそ、信用を勝ち取ろうと思わないのかって聞いたんだけど?」
苛つきで、ついつい僕の口調が悪くなる
「俺が動けば動くほど、信用は薄れるだけだろ? 親父に媚を売って、慕われようとしているって見え見えだ。余計、その裏で考えていることを知りたくなり、信用が消える」
「何なんだ! そのネジくれた心は。まっすぐに物事を捉えられないんですかね?」
「あんたの智紀は、まっすぐだよな。素直で、穢れを知らない。羨ましいくらいに正直で…輝いている」
蛍が海に視線を戻した
「だから?」
「別に。ただそれだけ」
「何なんです? その捻じるに捻じり過ぎたその思考は…聞いているだけで苛々する」
「なら聞かなければいい」
蛍がふっと自嘲の笑みを零した
「なあ…あんた、侑に会ったのか?」
「はい?」
「死んだった聞いたけど、直前まで会ってた?」
「なんでそんなことを聞くんです?」
「侑は何であんたを助けたんだろうなって思ったから。以前付き合ってたって親父から聞いたけど、それは昔の話だろ?」
「何が言いたいんですか?」
「ここ、もう離れたほうがいいとおもっ…」
蛍の言葉が途切れると、ブシュっという音が耳に入った
何かが肉を突きぬける音だ
蛍が目を見開いている
がくっと膝から砂に落ちて行く
ジュニアの左肩から、血がじわっと滲みだすのが見えた
「蛍、わたくしの計画を邪魔しないでいただけるかしら?」
僕は梓の声に、暗闇から浮きだしてくる女性の姿を目にした
慌てて携帯をズボンの中で握ると、短縮ダイヤルをした
ここであからさまに電話などしたら、確実に殺される
このまわりの声を恵に聞いてもらい、さっさと智紀と一緒に姿を消してもらいたい
「邪魔はしてない」
「協力もしてくれないじゃない?」
「連絡を取る手段がなかった」
「だから貴方は使えないのよ。恵の片翼をもげって言っても全くできなかったじゃない。侑のほうがよっぽども使えたわ。蛍が逃げ出した責任をとって自殺してしまったけど。きちんと最期まで仕事をしてくれたし」
梓の視線が僕に向き、にこっと笑った
「昔の恋人だからって、油断してたでしょ? 服に発信器がついていたなんて、想像もしなかった?」
僕は服に視線を落とした
「ジーパンに少々小細工してあるのよ。その表情では全く気付いてないようね。侑は優秀だったわ。それに比べ…はあ、ホントに蛍は使えないわ」
梓が呆れた声をあげると、もう一発拳銃を蛍の身体に打ち込んだ
左腕に弾が突き抜けて行く
「くっ」と小さなうめき声をあげて、身体をよろめかせた
「用があるのはこの二人ではないわ。さ、行きましょ」
梓が僕たちに背を向けると、歩き出す
「ちょ…」と僕が口を開こうとすると、蛍が僕の口の前に手を出した
「ライさんは、近道して親父に知らせなよ。俺が時間を稼ぐから」
蛍がそれだけ言うと、右手でナイフを出した
砂浜を走り出す蛍が、梓のボディガードの二人の喉を掻き切った
血しぶきがあがると、ボディガードの二人は呆気なく砂浜にひれ伏す
やるじゃん、ジュニアも
なかなかの手腕だ
なぜ今まで、隠していたのだろう
何もできない餓鬼を装っていたのだろうか?
僕は暗闇に身を隠すと、別荘に先まわりするべく、走り出した
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