22 / 35

残酷な現実

ーライsideー 『全てはお坊ちゃまのために』 組織の頭を失ったら梓一味は、息子の蛍を拉致るように、入院中の蛍を連れ去った 銃で撃たれたジュニアの左腕は、神経を切断されていて、後遺症が残るとのこと 蛍は恵の足のように、この先一生、ハンデを負って生きて行くのだ まだ13歳の少年である彼が、母から受けた銃撃で、左腕を自由に動かせなくなった 大雑把な動きは可能だけれど、細かい作業はもう、無理だと医師が言っているのを、恵が黙って聞いていた 「寂しくなりますね、恵?」 誰もいない個室に、恵が一人で立っている 廊下で待っている僕と智紀は、恵の背中を見つめていた 恵がゆっくりと振りかると、杖をつきながら僕たちのほうに歩きてきた 「蛍なら、大丈夫だろ」 「そうでしょうか? 梓のときみたいに、ぱかっと首を斬られないでくださいよ」 「私がか?」 「そうですよ。他に誰がいるんです」 「私の近くにライがいれば、殺されまい」 「は? 僕がなんで恵の近くにいなくちゃいけないんですか? 面倒くさい」 「あ? ライは私の部下だぞ」 「僕は智紀の傍に居たいんです。誰が上司だろうが関係ない。僕は智紀の命を守るのが仕事ですから」 恵の眉間に皺が寄る 不満満載な表情を見て、僕はくすくすと笑う 「あいつ…平気かな? きっと辛いと思う。あんな場所、あいつには似合わないよ」 「智紀らしい考え方で結構だ」 恵が、智紀の肩を抱く 智紀が「やめろよ!」と、恵の手を叩いて僕の隣に立った 「智紀?」 「人前ではくっつくなって言ってるだろ」 恵が、残念そうな顔をして一人で歩きだす 「あいつ、すげえ可愛いんだ。笑った顔なんて、屈託なくてさ。なのに…あんな組織のトップだなんて」 「可愛い?」 恵が、智紀の言葉に引っ掛かりを感じたのか 足を止めると、くるっと振り返った 「道元坂には、ライさんみたいな優秀で信頼できる人間がいるけど…あいつにはいるのかな? 本気であいつを守ってくれる人間が…さ」 恵の質問を完全スルーで、智紀が言葉を続けた 「なあ、ライさん。俺、あいつが心配だよ」 「大丈夫でしょ。心強いお父さんがいるみたいですし」 僕はちらっと恵を見やる 嫉妬で、頬の筋肉をふるふるしている恵の表情が、なんとも可笑しくて、笑いが込み上げてきた これじゃあ、全然…心強い父親像とは程遠いですよ、恵 「智紀、お前は今、蛍を可愛いと言ったのか?」 スルーされた言葉をさらに言及しようとしている恵に、智紀が「は?」と不機嫌な声をあげた 「なんで?」 「あいつが可愛いのか?」 「あ、うん。ベッドでさ。にこっと笑った顔がめっちゃ可愛かったよ」 「え? ベッド?」 今度は僕が反応する 智紀は蛍とベッドを共にしたんですか? あんな野獣と? 「あ、えっと。別に、変なことをしたわけじゃないよ。ライさんの恋人なんだから」 いえ…違いますけど 恋人じゃあありませんけど くそ餓鬼に僕は全く興味なんてないんですけどね 僕の頬がひくひくするのを見た恵が、今度は失笑した 「俺、一人で寝たいのに…俺の部屋を用意しないで、道元坂のベッドに引き摺りこもうとしてたからさ。それが嫌で、一か月くらい蛍のベッドで一緒に寝てたんだ。最初はむすっとしてて、何も言ってくれなかったけど…だんだん心を開いてくれて、最後には笑顔を見せてくれたんだ。それがすげえ可愛かった」 「ふうん、一人で寝たいのに…寝かせてあげなかったんですねえ」 僕はじろりと恵を睨んだ 恵がそろぉっと視線を逸らすと、あらぬ方向に顔を向けた 「ここに拳銃がないのが、勿体ない。せっかく恵を撃ちこむ理由ができたというのに」 「別に…用意しなかったわけではない」 「用意してくんなかっただろ。毎晩毎晩、蛍の部屋に来てさぁ…俺を無理やり抱こうとして…」 「へえ、無理やり」 僕の声に恵の歩調が早くなる 「さ、帰るぞ」 「そうですね。帰れば銃がありますし」 「智紀、どっか買いものに行くか?」 「うーん、そうだなあ。俺、道元坂とおそろいのマグカップが欲しい」 智紀の言葉に、恵の口がふっと緩んで、智紀の肩に手が伸びた 「では買いものに行くとしよう。その前に、ホテルで…」 「だぁかぁらぁ…人前でくっつくなって言ってるだろ!」 智紀が、恵から離れると、僕の腕に絡みついた 「ライさん、何か欲しいものある?」 「何でも言っていいんですか?」 「ああ。ライさんが生きてて、俺…凄い嬉しいからさ。なんかお祝いしたい」 「じゃあ…智紀の手料理が食べたいですね」 「わかった。じゃあ、俺、ライさんのために美味しい料理を作るよ!」 智紀が可愛い笑顔を見せてくれる 恵が智紀の表情を見て、温かい笑みを送ってくる 僕はこんな二人を見て、ささやかな幸せを感じた まだ、僕は頑張れる 頑張りたいと思える自分が、嬉しく思えた 【誰があんたなんかとⅢ】終わり 引き続き 番外編【贖罪ゆえの恋愛】をお楽しみください

ともだちにシェアしよう!