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あぶり出す裏切り者1
―贖罪ゆえの恋愛―
■あぶり出す裏切り者■
ー侑sideー
白い世界の中で、俺は一人、キッチンに立つ
白いカーテン、白い壁、白い家具
俺の部屋は全て白で統一されている
そのほうが、空気が澄んでいるように感じられるから
俺は白いマグカップを二つ並べると、淹れたてのコーヒーを注ぎ始めた
目覚めてすぐにコーヒーを入れるのが俺の朝の決まった習慣だ
「侑? もう起きたの?」
俺のベッドの中から女性の声がして、がさがさと布団が動く音がした
「梓様、すぐにコーヒーをお持ちしますね」
俺は寝室のドアから顔をのぞかせて、ベッドでまどろんでいる女性に声をかけた
「うーん、いらないわ。もう帰らなきゃ。侑…送ってって。恵からメールがあって、8時前には家に帰るって。もう…お昼過ぎって言ってたのに」
寝むそうな声で、身体を起こした梓様が、気だるい身体を動かした
毛先が大きくカールしている髪が、ふわりと揺れた
日焼けとは無縁そうな白い肌が、下着で覆われ、そしてワンピースでさらに見えなくなってしまうと、俺は少し残念な気持ちになった
梓様がベッドを離れると、そそくさと寝室を出て行く
足を止めることなく動かし、玄関へと向かった
激しく寄ったシーツの皺に、昨夜の営みが思い起こされる
「侑、何しているの? 早くしないと恵が帰ってくるわ」
梓様の怒鳴り声が、玄関で響いた
梓様が可愛いのは、ベッドの中だけだな…なんて想いながら、俺は車のキーを手の中におさめて、玄関へと歩き出した
梓様を屋敷に送り、俺が自宅に戻ってきたのは午前8時を少し過ぎたばかりだった
駐車場に車を止めて、マンションのエントランスへと向かう途中で、見慣れたスーツの男と目が合った
まだ首の据わったばかりの赤ん坊も抱っこして、大きな旅行カバンを肩にかけていた
「恵?」と俺が声をかけると、22歳の道元坂 恵がサングラスを外して、少しだけ表情を緩めた
「梓は帰った?」
「え?」
俺はびっくりして、思考が停止しそうになる
「隠さなくていい。梓が、侑にご執心なのは前から知っている。一つ、頼みがあってここに来た」
「頼み?」と俺は、梓様との不倫がバレていた動揺を落ちつかせながら、恵の言葉を繰り返した
「8時前には家に帰ると言えば、慌てて梓が帰るのはわかっている。どうしても侑が一人になる時間に、声をかけたかった」
「あ、ああ。それは構わないけど」
「詳しい話は中で…いいよな?」
「あ、うん」
俺はマンションの鍵を出すと、恵と一緒に自分の部屋を目指した
高級マンションなんて、とても買える身分じゃないけど…梓様が買ってくれた
どうやら俺は、梓様の好みのタイプの顔らしい
セックスの仕方も、梓様好みらしい
激しいのが好きだと言うから、毎回激しくしているだけ…なんだが
すっかり俺は、梓様の愛人になった
梓様の夫は、今俺の目の前に立っている男・道元坂 恵だ
子供も2人いる
長男の蛍と3カ月前に生まれたばかりの長女・優衣だ
恵は女の子の誕生に喜んでいたが、梓様はあまり喜んでいるようには思えなかった
まわりの注目が優衣に行くのが、気に入らないらしく…夜泣きのたびに苛々すると愚痴を零していた
そのストレスを恵が敏感に感じ取ったのだろう
どこに行くにも、恵は娘を連れて歩くようになった
22歳の男が、3カ月の子供の面倒を見つつ、仕事もこなすなんて、なかなかできることじゃない
自由奔放に生きている梓様と違って、恵はなかなか真面目で堅実な男なのだろう
そんな男を夫にしておいて、梓様はなんと罪なお方なのか
旦那と子供がいない夜は、俺のところにきて大いに乱れた夜を過ごす
「侑、先に優衣のオムツを替えていいか?」
「あ、ああ。いいけど」
「そのまま寝かすから、ベッドを借りるぞ」
え? ベッド?
俺の眉がひくっと反応したのを見た恵が、にやっと笑い、「慣れている」と寝室に入って行った
慣れているって?
それは…梓様の浮気に慣れているってことか?
俺はキッチンに入り、コーヒーを淹れなおす
寝室からは、赤ん坊特有の可愛らしい声が聞こえ、恵の子をあやす言葉が零れて来ていた
数時間前まで、そこは俺と梓様が欲望のままに乱れた場所
そこで今度は、恵とその子供が使っている
不思議な感覚だ
そんなベッドの良いのか、と心が落ち着かない
申し訳なくて、胸が痛かった
俺が新しいコーヒーを淹れ終わる頃に、恵が一人で寝室から出てきた
「寝たの?」
「ああ、寝た。ミルクも飲んだし、3時間は寝ているはずだ」
恵が腕時計で時間を確認した
子育てと仕事を両立していくのは、難しいんじゃないのか?
22歳の若い男が、目の下にクマを作って…大丈夫なのだろうか?
時々、ぱあーっと全てを忘れて夜通し遊びたくならないのだろうか?
梓様の話によれば、もうほとんど夫婦の生活はご無沙汰だと文句を垂れていた
「今夜、ヤクの取引をするんだろ?」
「あ、ああ。ライトさんが新しいところ契約してくれて…」
どうして恵が取引について知っているのだろう?
これは、梓様と数人の部下しか知らない取引なのに
最近は、警察に捕まる率が高くなり、内応者がいるのではないか?という噂が流れている
そのために、梓様が情報を流すのをごくわずかにして、細々と取引をしてきているというのに
梓様は夫である恵には、話をしている…というのか?
それか、恵が警察の内応者?
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