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ギリギリの生活の中で飛び込んだ世界1

ーライsideー 僕は、通帳の残高を見て、長い長い息を吐きだした なんてことだろう 生活費が底を尽きようとしている 中卒な18歳じゃあ…ろくな仕事にありつけない 8歳の弟を抱えて、生きて行くのはかなり厳しい状況だ だからといって、弟と別々の生活を送るなんて考えられない 離れるなんて以ての外だ 誰にも弟は渡さない 僕が育てる 僕の傍において、僕が成人するまで弟の面倒をみる だが、現実はそうそう優しくない 厳しく、辛い 「ああ、道端に大金が落ちてないかなあ?」 僕は寂しい夜空を見上げながら、小さい声で呟いた 吐く息が白い 着古したコートの襟をたてると、僕は目的地の看板を見つめて、足を止めた 「ここだ」とぼそっと寒さで唇を震わせながら、動かした 手に持っている雑誌をぐしゃっと握りつぶすと、短い階段をのぼり、僕は目的地のドアを叩こうと手を持ち上げた 「オーナー、あとは我々で…」 がちゃっとドアが開くと、男の低い声が聞こえ、長身の男と僕がぶつかった 勢い余って、僕はたった3段ほど階段を転げ落ちて尻もちをついた 「いたっ…」 なんだよっ! いきなり出て来て、ガツンと僕にぶつかってきて… 僕が腰を擦り始めると、眼前ににょきっと大きな手が差し伸べられた 「は?」と僕は、顔をあげると少しだけ表情を緩めている男が、腰を折って僕を眺めていた 謝れっつうの 無言で、手を出されても… なんか感じが悪い 「オーナー、大丈夫ですか?」 店内にいた男たちが、次々と僕に手を差し伸べている男に声をかけていく 男が、僕に手を出していないほうで、声をかけてきた男たちに軽く手を振った 僕は、男の手を受け取らずに一人で立ち上がると、コートの裾をパンパンと叩いた あー、こういうときに、貧富の差を感じるよな ぶつかってきたのはこいつなのに、どう見たって今の状況で、悪者は僕になっちゃうんだから 痛い思いをしてなおかつ、悪者になるなんて、最悪な心境だ 男は、差し出した手をじっと見つめてから、手を引っ込めた 僕の肩に手を置いて、目を軽く開いてから首を横に倒す は? 何が言いたいんだよ はっきり言えっつうの なんかむかつく 僕は肩かけているショルダーバックから、履歴書を出すと、無言でビシッと突きだしてやった こうなったら、僕だって無言でつき通してやるんだ 男は納得したのか 頭を上下に揺らすと、右腕を店のドアに向かって伸ばした 入れってこと? 僕は、男に肩を抱かれたまま、店の中に入った 言葉もなく、ずんずんと店内の奥へと入る じろじろと冷たい目で見られる店の従業員の視線を感じながら、僕はオーナー室に足を踏み入れた なんで? 俺…店長だか、ホール長だかと面接だって聞いてたんだけど? 僕は柔らかい絨毯に足をとられてバランスを崩す なんだ! これ、すげー歩きにくい 僕は、オーナーの腕から身体を解放されると、いかにも高いって雰囲気の革製のソファに腰をおろす ふわっと尻が沈み、革が僕の尻の形にフィットした なんか…違和感 『高級』とは無縁だから、高級なものに緊張してしまう オーナーと思しき男は、デスクの上に置いてあるメモ書きを引き寄せて、立ったままペンを握り、さらさらっと字を書き始めた 『バイト希望? 名前は? 耳はきちんと聞こえるから、口で教えて』 分厚いメモ用紙を、僕の前に出しながら、男が僕の隣に腰をおろした 「あ…えっと」 こいつ、口がきけないのか? だから、さっきからずっと無言だったんだ 「楠木 莱耶です。バイトの募集を雑誌で見て…それで…」 男がまたメモ用紙を自分に引き寄せると、字を書き始めた 『俺は侑。ここのオーナーだ。君は見た感じ、すごく若そうだけど、何歳? それにここは』 「知ってる! 男が男に接待をする店だってこと。だからここにしたんだ」 侑というオーナーの書く字が、ぴたっと止まり、顔がゆっくりとあがる 僕をじっと見てから、『年は?』とメモ紙に書いた 「20歳」 『嘘は駄目だよ』 「18歳」 『じゃあ、今日から…と言いたいけど、君は少し教育しないと、ね。言葉遣いと態度と、そのキツイ目を、隠す訓練をしないと。笑いたくないときも、笑顔で通すとかね。君は少し、気持ちが顔に出過ぎるよ』 オーナーが、優しく微笑んで僕の頭を撫でた なんだよ、こいつ…って思う反面 誰かに頭を撫でられるなんて、久しぶりで、嬉しかった 『今夜、どう? ライと一緒に夜を過ごしたいな』 僕は、ホールでの会話を思い出して、ぶるっと身を震わせた ぶちゃむくれのオッサンに言われても、寒気がするだけで嬉しくとも何ともない むしろ迷惑だっ! 給料をもらえるから、笑顔と偽りの愛を振りまいているだけで、本心は違うところにあると気づけっつうの 僕は、一仕事というか、一接待を終えて、休憩室に戻る廊下を大股で歩いた

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