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ギリギリの生活の中で飛び込んだ世界3

「ち…くしょっ! あ、社会科見学のバズ代を払わないと。あと給食代と…あれ? サッカークラブもそろそろ月謝の時期だよなぁ…」 俺は更衣室のロッカーを開けると、がさごそと鞄の中から通帳を引っ張りだした 小学校からの手紙も一緒に出すと、通帳と照らし合わせた どうにか…なりそうだな ここで働き始めて、金に少し余裕が生まれるようになった ありがたい…だけど、欲を出すなら、もっと欲しい これから智紀には、もっと金がかかるようになるんだ 小遣いだって増えるし、学費だって…中学生にもなれば、塾に通ったりするようになるんだから 貯金をして、智紀には苦労させたくない 智紀がやりたいと思ったことを思う存分やってもらいたいんだ 金の心配なんてさせたくない コンコンとノックの音がして顔をあげると、オーナーが立っていた 「何ですか?」 僕は通帳と学校からの手紙を鞄の中に入れると、立ち上がった むすっとした顔をオーナーが僕の胸に、一枚のメモ書きを叩きつけると、さっさと部屋を出て行った な…何だよ、あの態度! なに、一人で怒ってるんだよ 頭にくるなあ 僕はメモ紙に目を落とした 『仕事です。2番の部屋へ』 裏の仕事が入ったんだ 僕は思わず顔がニヤけた 今月の給料には期待できそうだ 貯金が増えれば、それだけ智紀に贅沢させてやれる 僕は顔をあげると、ロッカーの扉を閉めた 2番の部屋に入ると、仕事帰りなのか黒系のスーツに身を包んだ男が、足を広げてベッドに座っていた 高級そうなスーツは、艶があって薄暗い部屋なのい輝いてみる 身長は僕より高そうだ 年は…僕より少し上かな? きっと一流の高校に出て、一流の大学を出て、何の苦労もせずに、一流の会社に就職したのだろう そんな男が…今や、見ず知らずの男を抱くなんて こいつの両親が知ったら、さぞ嘆き悲しむのだろうなあ 男に貢ぐために、良い暮らしをさせているわけじゃない!ってさ 僕は仕事用のスーツを脱ぎ捨てると、男の膝の上に乗った 「僕、初めてなんだ。痛くしないでよ」 僕の言葉を聞いた男が「ぷぅ」と噴き出して笑いだした 何? 笑ってるんだよ! 「私はここで少し横になれれば、それでいい」 「は?」 「侑から話を聞いている。どうしてもここで働きたかったのだろ? 私の睡眠の邪魔さえしなければ、それでいい」 「どういうことだよ?」 僕は、男の膝から降りると、ベッドの脇にある椅子に座った 「私は侑の友人で、お前をここに呼ぶように頼まれたから、呼んだだけだ」 「僕を抱くつもりは全くないってことか。しかもオーナーの知り合いって…」 僕は『はあ』と息を吐きながら、頭を抱えた 「侑はお前に身体を売って欲しくないと思ってる。だからお前は売らなければいい。金が欲しいなら、侑から貰え」 「は? なんで?」 「侑は、お前に金を払っても良いと思ってる」 「だから…なんで?」 「それなりの理由があるからだろ」 「意味がわかんねえよ」 「一応、私は客人なんだが?」 「だから?」 「ホストでそんな口の悪い男は一人もいない」 「うるさいよ、あんた。名前は?」 「道元坂 恵だ。少し休む。1時間したら起こしてくれ」 道元坂っつう男はベッドに横になると、すぐに寝息を立て始めた なんだよ…意味がわからない こんなんで、給料アップって…おかしいよ 1時間経つと、僕が起こす前に道元坂が勝手に瞼を持ち上げた 「ライ…と言ったよな。ドアのところにある車椅子を持ってきてくれないか」 「は? あんた足が不自由なのか?」 「少しは歩けるが、まだまだリハビリが必要だ」 道元坂が少しだけ表情を緩めると、僕が持ってきた車椅子に移動した 何不自由なくボンボンの生活を送ってきたヤツかと思ったけど、違うみたいだ なんか…オーラがピリピリしている気がする 「金が欲しいなら、侑に交渉するといい」 「金のあるヤツにはわからない。貧乏人の苦しみなんか!」 「その貧乏人を脱出できるかもしれないんだぞ?」 「世の中はギブ・アンド・テイクなんだ。金だけ勝手に貰えるなんて、おかしいだろ」 道元坂がくすっと笑う 「すでに侑の中で『ギブ』があるんだろ。だからライに『テイク』したいんだ。あいつの好意に甘えればいい。わざわざ、ケツを汚す必要もないだろ」 いつ、僕がオーナーに『ギブ』したと言うのか ここで働いているだけのに、必要なときに金をくれるなんておかしいだろ 『恵、そろそろだ』 ガチャとドアが開くと、オーナーが立っていた 「ああ、そうだな。パーティに呼ばれてない人間が、遅れて行っちゃあマズイな」 道元坂がにやっと笑う オーナーの手から、道元坂に黒い拳銃が渡るのを僕はじっと見つめた なんで? どうして、拳銃なんか持ってるんだ? 道元坂が、車椅子を押しながら「裏から出るから」と言って廊下を曲がって行った ぱたんとドアが閉じると、ベッドのある個室でオーナーと二人きりになった 冷たい視線で、オーナーに見つめられる 僕は、脱いだ上着を羽織ると、ベッドに座った

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