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誰もいなくなった部屋で

ーライsideー 僕は侑の亡くなった場所に立った 今はもう…何もない場所 ベッドも、棚も…テレビもない ただの空間だ 侑の好きな白い空間だよ 侑は何を想って、死んでいったのだろう? 侑に抱かれた数日間は、凄く充実していて幸せな時間だったよ 念願のセックスに、満たされた気持ちになれた でも…どこかで一緒になれないとわかっていたから、侑にあんなに大胆に求められたのかもしれないよ 侑とまた恋愛ができるって思っていたら、セックスはできなかったのかも 僕は、上手に求めるのが下手なんだ 終わりが見えないときっと、足を踏み出せないんだ 侑の死を覚悟した目が…僕の心を奮い立たせてくれたんだね 生きている限り、道元坂のもとで…と思っている僕に、侑もきっと心を奮い立たせてセックスをしてくれたんだ 昔の感情を思いだして… だから抱かれて、幸せだったけど、精神的に甘えることはお互いになかったね 死を覚悟した侑に、道元坂のところに戻る決意をした僕 生きる道が分かれるとわかっているから、限りある時間で、若いときにできなかった後悔を、消化しただけ 侑、会えて良かったよ ガラガラ、ガタンという音に僕は、ぱっと後ろを振り返った 僕以外に誰か、いるのか? 僕は寝室だった部屋を出ると、音のした居間へと足を向けた ベランダに、見慣れた背中を見つけた 漆黒の髪が風に揺られている 以前、目にしたときよりも伸びた身長が、少し大人に近づいたと、言っているみたいだ 小森 蛍 道元坂 恵のDNAをもろに受けた容姿が、年を追うごとに僕と出会ったころの恵に似てくる 高校生のくせに…こんなところで油を売ってないで、受験勉強でもしていればいいのに なんて心の中で悪態とつく僕なのに、顔が勝手に緩んでいた 認めたくないけど…僕はたぶん、蛍を好きなのだろう 離れて気づくなんて、僕らしい感情だけどね こんな餓鬼に…と思う心だってあるよ だけど蛍を欲しがっている心もある 矛盾した感情が、僕を苛々させる 嫌いだよ、こんな自分が 自分で、自分が情けなくなる 僕はこんな弱い男なんかじゃない 誰かの肩に持たれて生きて行くような男じゃない なのに、ふとした瞬間に過る こいつに甘えたいって こいつの腕の中で、眠ったらどんな安らぎに包まれるのだろうって 馬鹿だな、僕は 僕は、鼻を鳴らそうとすると、蛍の目尻からぽろっと涙が流れるのが見えた え? こいつでも、泣くことがあるのか? 空を見上げながら、瞬きをした蛍に目からまた涙がこぼれた 僕はごくっと喉を鳴らした なんか…むかつくけど絵になる光景に、ドキッとした ぱっと蛍の頭が動くと、僕の存在に気づいたようだ 慌てて、制服の袖で涙をぬぐった蛍が、ガラガラと窓を開けた 「ライさん? どうして…」 「それは僕の質問だけど?」 蛍がふっと寂しそうに笑った 「ここ…小森家の財産の一つだからね。たまには足を運ぶさ」 蛍が、サンダルを脱いで室内に入った 僕と微妙な距離を開けて、窓に寄りかかった 何、今さら僕に気を使っているのさ 無遠慮に僕のケツを掘っておいて、今さら他人行儀ってそっちのほうが失礼じゃないの? 「テストの結果でも悪かったんですか?」 「え?」と蛍が、目を開いて聞き返してくる 「泣いてたから。一流大学に行けないと、悲しんでいるのかと」 蛍が口を緩めて、首を横に振る 「まさか。成績は常にトップだよ」 「じゃあ、誰かにいじめられた?」 「ライさんは面白いことを言うね」 くすっと蛍が笑う その表情、恵にそっくりだ 心の中に踏む込んで欲しくないときにする表情だ 僕に隠し事をして、僕がそれで満足すると思っているの? 僕は蛍の隣に立つと、そっと左腕を掴んだ 神経がイカれてて、反応が鈍いくせにびくっとしっかりと感じてる 本当は、左手は通常に動くんじゃないの? 「ライさんは…上手いね。俺を操るの」 蛍が、参ったよと言わんばかりの呆れた笑みを浮かべた 「俺を好きじゃないのに。俺の全てを知ろうとするんだからさ」 「ふう」っと蛍が息を吐きだすと、天井を見つめた 「俺は『俺』としてきちんと見てくれている人を探してる。ずっと…ずっと。そしたらふと思い出したんだ。侑がさ。俺には妹がいたって言っていたのを。優衣って名前の可愛い子だったんだって。母さんは優衣を嫌ってたみたいだけど、親父はすげえ可愛がってて、子育てはほとんど親父がやってた。だけど母さんの一声で…その生命を断たれたってさ」 蛍が、僕から離れると、僕に背を向けた 僕は、恵が以前、梓に向かって「私はもう我が子を失いたくない」と言っていた言葉の意味を理解した 前にも、恵は梓との子を失っているんだ だからこそ、蛍を大事にしてる 恵にとって、この世に一人しかいない身内だから 僕にとって、この世に一人しかいない智紀と同じ感じなのかな?

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