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第3章 2-自分の価値 前編

  [視点:仙崎千尋] 「千尋、新しいお父さんよ」  ……中学に上がって間もない頃だったかもしれない。覚えているのは嫌気がさすほど綺麗な青空と、母さんの満面とは言えないどこか背徳感が漂う笑み。  そして何より、あいつがまだ狂ってなかった時の表情と声。 「千尋、今日から俺が父さんだ。籍は入れてないから完璧にじゃないんだけどな。まぁすぐには慣れないだろうけど、ゆっくり親子になっていこう」  この時俺は母さんに裏切られたと思った。  父さんのこと「ずっと忘れない」って言ったじゃん。 「私たち二人で頑張って生きてこうね」って。  なのになんで?  今なら何となく、母さんは経済的に苦しくてしょうがなくこの決断をしたんじゃないかってわかる。だけど当時の俺には母さんが別の男に乗り換えたという事実で胸に深い傷を負わされた感じがした。  *  母さんが居なくなった日。  あいつは浴びるように酒を飲み、そのあまりの変化に怯えた俺は自分の部屋へ逃げ込んだ。ひとつだけの鍵をかける。  しばらくして玄関のドアを閉める音がした。俺はそっと音をたてないようにして自室のドアを開けると、あいつのサンダルがないことを確認する。 「どこに行ったんだろ」  今日は仕事がないのか? いや、あれだけ酒を飲んでいたんだから仕事であるはずがない。でも……。 「今日って、祝日だけど平日じゃん……」  あいつは確か、祝日は関係なしで平日勤務のサラリーマンだったはず。  高い業績を上げる敏腕だと聞いていた。エリートだとも。そんなヤツが平日に朝から酒を飲んでるなんて、おかしくないか?  そうしてあいつが夜中に連れ帰って来たのは、……母さんではなく、知らない若い女だった。  寒気がする。あいつがこれからその女と何をするのか想像はできていた。知りたくもなかったけど。それと同じことを母さんにもしたのかと思うと異常なほどの吐き気に見舞われる。  下の階から笑い声が聞こえる。  キモチワルイ。  そして笑い声が途切れた。雰囲気がそれとなく伝わる。  キキタクナイ。  俺は震える手でイヤホンを探し、気が紛れそうな曲を聞きながら膝を抱えて夜を耐え忍んだ。  ……それから、あいつは酒と女に溺れる獣に変わった。  * 『できるだけあいつには近づかないでおこう』  心でそう決めたその日に、災難は待っていた。

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