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第3章 2-自分の価値 中編
[視点:仙崎千尋]
それから数日と経たないある日、やけに荒れてる雰囲気を醸し出しながらあいつは外から帰ってきた。もう最初に会った頃の爽やかな印象はとうに無くなっている。
あれを表現するならば、獣? それともゲームに出てくるゾンビ? 語彙力のない俺からしたらそれくらいでしか表現できない。
俺は風呂から上がったところで、ちょうど部屋に帰ろうとしたところであいつの姿を見た。サンダルの脱ぎ方が雑で、あれは機嫌が悪い証拠だ。リビングへつながるドアもバタンッと思いっきり閉めていた。
『あれは危険だ』
『下手に関わらずに部屋へ戻ろう』
そう思っていたものの、喉が渇いた。何か飲みたいけれど……。たぶん台所であればあいつは居ないだろうと、少しの賭けで廊下から台所につながるドアを開ける。
すると。
「!」
ダイニングテーブルのところで酒を飲むあいつの姿があった。リビングと台所は繋がっているからおかしくはないが、それでも体がわずかに飛び上がってしまう。冷蔵庫は男の隣。反射的に体が強張る。『関わってはいけない』と、心で決めたはずなのに。
しかし平静を装って冷蔵庫へ向かい、無言のままミネラルウォーターを飲み干して額に浮かんだ嫌な汗を首にかけていたタオルで拭う。
……あとは平然と部屋へ戻ればいい。それだけ。ただそれだけだ。
その時。
「!」
左の手首をがっしりと大きな手が掴んでいる。
そしてそのまま訳も分からず押し倒された。叩きつけられた全身が痛い。
そこでようやく理解する。今夜は、遊ぶ女が居ない……――
俺はパニックになりながら、組み敷かれた状態から脱しようと無我夢中で拳を男の体の至るところにあてるがまったく効かない。
そのうち俺の両手もヤツの片手で押さえつけられた。
……なんで。
俺、男なのに。なんで?
どうして、こんなことに?
「ちょっ……やめろ!」
声を荒げてもその耳には届いていないようだった。まさに獣そのもの。理性を失った男を相手に、とてつもない恐怖が俺を襲う。
今は、何をされてもおかしくない。
男は俺の首にかけてあったタオルを投げ飛ばして首筋を舐めたり軽く歯を突き立てた。
……ヌルヌルとした感覚。仮にも「親」から与えられる感覚を不快だとしか思えない。
正直に言うと、興味本位で見たエロ動画の中にこういう場面はあった。
だけど見慣れていたはずなのになぜか吐き気がするほど気持ち悪い。思考が、追いつかない。
動画で見てたセックスとはあまりに違う不快感。
そのギャップに押しつぶされそうになる。
すると今度は服を脱がせてきた。
「やだって! やめろよ!」
Tシャツは簡単に剥ぎ取られ、短パンもぎゅっと掴んでいたのに下着ごと手から引きはがされてしまった。
全裸の俺を舐めまわすように見たあいつだったが、俺のモノを見て不機嫌そうに顔が歪み、舌打ちをする。
「お前が女だったらなぁ……」
その目が怖くて、萎縮してしまう。
「まぁ、いじれるところはあるから許してやるよ」
そう言って俺の右の乳首を親指でぐりぐりと押した。
俺は「ッ!」と息を詰まらせる。それほど、というか全然気持ちよくない。
そのまま男は俺の胸に吸い付いた。ゾクリと、感じたくもない何かが押し寄せてくる。
そこで思い浮かぶのは、母さんとこいつの情事。
ホントは考えたくもなかった。でもどうしても考えてしまう。
母さんもこんな目に……? だとするならこいつを死ぬまで殴り続けてもいい。
……そんな勇気や力が、俺にあればよかったのに。
*
行為が終わって、俺は全裸のままその場で寝転がっていた。若干放心状態だ。
はじめて後腔を押し広げられて無理やり挿入されたときは信じられなかった。
ただ覚えているのはそれくらいで、ほとんど何があったかは覚えてない。
たぶん色んな体位をした。とても『セックス』とは思えなかった。
俺がイくとその精液が「汚ねぇ」と言われて舌で舐めとらされたりしたのは覚えてる。
まさか自分の性液を口に入れると思わなくて、本気で吐きそうになった。
ドロドロとしたものが喉を通るたび何度嘔吐いたか。
……もう考えるのはやめよう。
そうして起き上がろうとしたとき。
だるそうに起き上がったあいつは乾いた笑い声を出し、
「男を抱くって気持ちわりぃって思ってたけどお前なら抱けそうだわ」
そう言って財布から札を出した男は俺の方へ投げ捨て、浴室へ向かっていった。
全身がその言葉にゾッとして強張る。
目から涙がこぼれた。
「もう、いやだ……」
母さん、たすけて。
空しくもその言葉は音にならず誰にも届かない。
泣きながら男が投げ捨てた札を拾う。一万円札だった。
……俺の価値は、一万円。
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