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第3章 2-自分の価値 後編
[視点:仙崎千尋]
それからしばらくは義父である男にセックスを強要された。
何度も通報してやろうと思ったが、いざとなると『男に犯されてます』なんてあまりにはずかしくて言えず。
こんな妙なプライドさえ無ければ、きっとなんとか俺はこのスパイラルから抜けられたはずだっただろう。
***
[視点:筆者]
そうして、とある夜。外灯の明かりが寂しく照らしている夜道を二人の男が歩いている。
「なぁ千尋くんを抱いても良いって本当だよな? 未だに信じられないんだが」
「なに言ってんだよ。俺は嘘をつかないぞ? まぁそれなりの金はもらうけどな」
千尋の知らぬ間に義父は会社をクビになり、その会社で義父と同期だった「俺はゲイなんだ」と密かにカミングアウトしてくれた男にこんな話を持ち掛けていた。
『俺はしばらく職が見つからないから、当面の生活ができる金がほしいんだ。そこでどうだ、千尋を抱いてみないか? ……ほら、割と可愛い顔してるだろ』
『なっ……お前なに言ってるかわかってんのか? 連れ子って話は聞いてたけど、それでもお前の息子だろう!』
『だからだよ。俺たちはこれから二人で生きていかなきゃならない。こいつはお人好しだからな、きっと手伝ってくれるさ。――ついでに言うと、一回ヤるとやみつきになるぞ』
話を持ち掛けられた男はその最後のフレーズにごくりと息を呑み、しばらく迷った末に頷いた。
*
「おい! 客が来たぞ、飲み物でも出してやれ」
名前すら呼ばずに義父は玄関先から二階の千尋の部屋の方に声をかける。千尋はいつもリビングに居座ることはなく、部屋に閉じこもっているのは義父も知っていた。
しばらくしてソッ……と外の様子を窺い見るように千尋が顔をのぞかせる。そしてスーツ姿で柔和な笑顔の男を見ると訝しく思ったのか、ぎこちない素振りで頭を軽く下げる。
「こんばんは、千尋くん。ちょっとお邪魔するね」
「あ……はい」
千尋はまともな大人と久々に言葉を交わしたことの安心感と、その柔和な笑顔の裏に潜んでいるような申し訳なさを不思議に思っていた。
だがそうは言ってもその場に突っ立って何かを探る暇もなかったため、少し急ぎ気味で台所に向かう。
*
しばらくして、千尋は男と義父に麦茶が入ったグラスをリビングに持って行った。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
やっぱり優しい。この人の声。
悪い人ではないのだろうなと千尋は思った。
そして横目で義父を見る。「それに比べてこの男は……」と心中で恨み言をつぶやいた。
……本当に、恨んでやりたかった。
千尋は自分の用は済んだなと思い、部屋を出ていこうとすると「待て」と義父に制される。腕を掴まれていたから、逃げられない。
そして義父とその斜め向かいに座る男の間に座らされた。何か嫌な予感がする。本能が警笛を鳴らし始めた。……誤報であってほしい。
すると、男は真剣な目で親身に千尋に問いかける。
「えっと……、こんなことを聞くのは野暮だと思うけど、――本当に大丈夫かい?」
「え?」
自分を心配する言葉に、千尋は目を見開いて困惑した。
どういう意味だろう。父さんを亡くしたこと? 母さんが居ないこと? それとも……この義父との生活?
でも、なんだかどれにも当てはまっていない気がした。
するとその問いに義父が代わりに答える。
「もちろん大丈夫だ。こいつは柔軟性が人一倍強いからな。どんなことにも臨機応変に動く」
千尋はその言葉にも疑問を持つ。『柔軟性』……? やっぱり最近目まぐるしく変わった生活のことだろうか。
その疑念は晴れないまま、男は千尋が持ってきた麦茶をクッと飲み干して、まるで決意をきめたかのように息を吐く。
「それじゃあ、始めようか」
「は? え? 何を……」
すると千尋は男に両肩を掴まれ、ソファとガラス板のローテーブルの間にゆっくりと身体を倒された。
――まさか。
千尋が息を呑む。これは、その『まさか』だ。
男は優しく、そしてまるで千尋の存在に酔っているのか顔を若干上気させ、安心させるように軽く頭を撫でた。
「大丈夫だよ。怖がらないで。優しくするからね」
「い、いやだ……」
「……え?」
千尋の拒否する言葉と本気で怯える表情に、男の顔まで変わる。
「やめろ……! こんなこと俺は聞いてない!」
男に覆いかぶされていた状態から抜け出そうと軽く足掻くと、振動でローテーブル上のグラスが倒れた。
その様子を見ていた義父は大きくため息をついて、暴力的に上から千尋を押さえつける。
「ッ!」
「なあ……、これは一体……」
「わかってくれ。こうでもしないと、俺たちはもう生きてけないんだ」
生きてくため? 酒飲んだり女遊びしてるヤツの言うことか?
そこで千尋はなんとなく分かった。自分はこいつが遊んで暮らすための資金源なんだと。『悲しい』という感情さえもう出ては来なかった。
それよりも義父が抑えつけてるままの両肩が痛い。これを理由に『性的暴行』から『虐待』にできればいいのに。これを理由に、死ねたらいいのに。
「……分かったから、とにかく千尋くんの両肩を放してあげてくれ」
「逃げるかもしれないぞ?」
「構わない」
その言葉に面白くないと言いたげな義父が手を離す。床に押し付けられていた肩がジンジンと痛かった。
「千尋くん、部屋に戻ってもいいよ」
「……?」
「いや、戻られたら俺が困るんだ」
「約束していた今回の分のお金はきちんと支払うよ。でも……、お前も見ただろ? 千尋くんの怯えた顔」
義父を戒めるその一言を聞いたとき、千尋はまるで光が差し込んでくるような気分になる。しかし、ほんの一瞬だった。
「甘いな。お前は昔からそうだった。いいか、ここで一件落着されたら困るんだよ。いわばリピーターがほしいんだ、俺は」
「『リピーター』? ふざけてるのか!? 自分の息子を使っておいて、しかもそんな言い方……ひどすぎる」
「綺麗事だけ並べてるわけにはいかなくなったんだよ。じゃあこうしようか。――千尋を抱かなかったら、お前がゲイだってことをバラしてやる」
「……っ!」
その言葉に男は悔しそうにうつむいて拳を握る。
過去に何かつらい思いをしたのかもしれないと千尋は思った。
……そう思えば思うほど、自ずから逃げだすのはできなくなった。
「いい、です」
千尋が言った。
「その……セックス、ですよね」
自分で言っておきながら『セックス』という言葉に不快な思いをする。
でも、もうしょうがない。後戻りできない事態になってしまった。
俺が拒否してしまったら、この人が苦しむことになる。
「千尋くん……!」
「でも……顔にキスだけはしないで」
「……わかったよ」
女々しいと思われそうだが、キスする人は本当に大切な人にだけと決めてあった。
男はスーツを脱ぎながら義父を見る。
「……なんでお前はまだ居座ってるんだ」
「最後まで見届けるからさ」
「…………悪趣味だな」
そうして今度は千尋に向き直る。
「千尋くんは、それで大丈夫なの?」
「……はい、もう慣れてきたから」
「慣れて、って……。いや、そうか……」
深くは聞かなかったその言葉が優しかった。
*
男は寝そべっている千尋のTシャツの中に手を滑り込ませながら、視線は千尋の顔に向けた。
「首筋から下はキスしていい?」
すると恥じらっているのか目を合わせず、耳まで赤く染まっている千尋がコクンと頷く。
「あ……跡さえつけなければ……」
「わかった」
そうしてやさしいキスが首元に数か所、それから鎖骨にも下りてくる。
……優しい。あまりにも、残酷なほど。
「……しないで」
微かに掠れた声が頭上から降って、男は千尋に聞き返す。
「ん?」
すると、涙をその目にいっぱい貯めて今にも零れ落ちそうになっている千尋が震える声ではっきりと告げた。
「優しくしないで」
男はその言葉に動揺する。
「……。あまり前戯は好きじゃないかな?」
すると千尋はかぶりを振った。
「違う……。そんな優しいことされると、アンタを悪者にできない」
「悪者?」
「俺が嫌がるほど俺は『被害者』になれるし、アンタは悪者になる。そうでも考えないと耐えられないよ、俺……」
なんて可哀想な子なんだと男は感じた。抱かれるたびに相手を『悪者』にすることで、その性行為を自分の任意でなされてることではないと自分に言い聞かせている。
そうすることでこの子は人から体を求められるのを乗り越えてきたんだろう。男同士でのこういった行為はノンケの子にとって受け入れるまではキツいから、その心労はすさまじいはず。
憂いを帯びていた男の目つきが熱が灯ったように変化する。
そうであるならば、千尋をできるだけ傷つけないように『悪者』になろう、と。
「後悔、しないでくれよ」
そう一言残し、男はネクタイを緩めて上半身の服を脱ぐ。
そして突然千尋の下半身に手を伸ばし、半ば強引に履いていたジャージと下着を引き下ろす。
「ちょっ……待っ!」
千尋が男の突然の変貌にギョッとしてから動くまでに時間がかかった。そのせいで、少し勃ち上がっていた自分のモノが見えてしまう。
その先端からはいやらしい透明な汁が出つつあった。千尋は慌てて両手で隠す。
「あの……これは……」
何かしら言い訳をしようとしてるのか千尋がぼそぼそと喋っている前で、男はその姿にクラッと来ていた。
服が乱れてチラリとTシャツから覗く乳首に、そこから下は滑らかでホクロさえ見つからないほど綺麗な肌。そして手で隠された体の中心の生々しい男の欲望。その恰好で隠されるとさらにイヤらしく見える。
男はそこで我に返り、ニヤニヤと笑って千尋の様子を見ていた義父に告げた。
「何か、リボンのような紐を持ってきてくれ」
「あぁ」
千尋はそのやり取りを聞いて疑念を抱いた顔をする。
「何……するの」
「楽しいことだよ。きっと……ね」
しばらくして義父が持ってきた紐を手に、男は先ほどまでとは違ったイタズラな笑みを浮かべた。
「さぁ、これでソレを縛ってあげよう」
すると千尋がヒッと息を吸い込んだのが聞こえる。だが、容赦はしない。
「やだ、それ……。やだ!」
暴れる千尋をしっかりと義父が抑えつけた状態で、そのまま紐は千尋のモノを縛りあげてソレを彩る飾りになった。
「もうすっかり固くなって……。あぁ、リボンが濡れちゃったね」
先ほどまでのダラダラ流れていた汁が紐を濡らすのを男はじっくり見る。
その姿は完璧に『悪者』になっていた。
千尋は初めてされる行為に怯えている。痛い、はずかしい、このままイッたらどうなるの? と不安を募らせていた。
両手は義父に掴まれていて動かせない。千尋はさらに両脚を男に開かされ、吐息が触れるほどの至近距離で自分のモノを見られて気が狂いそうになる。
「やだ……見るなよ」
弱々しくなってしまった千尋の声を愛しく思った男はおもむろに指で零れていた汁を救い、ソッと後腔に塗り付けた。
「!」
千尋が背をのけぞり跳ね上がる。その瞬間も胸から腹にかけてのラインがいやらしく男の目に写り、どんどん深みへハマっていくのを本人も感じていた。
「ここだけは優しくするからね」
「んぁっ……あ……」
そう言いながら指を一本、二本と増やしながら中をかき混ぜられる。まるで中の感触を愉しむようにねっとりと動かされている指に千尋は何度も喘いでいた。
そしてようやく男の熱がゆっくり入ってきた。義父とは何かが少し違う、カタチ。
ぐぐぐ……っと後腔の入り口が広げられ、千尋の中は男のモノでいっぱいに満たされた。
「あ……」
目の前の少年の鼻にかかるような声。それが彼をさらに深みへ連れていく。そうして激しく突き上げ始めた。
千尋は驚いた様子で「待って」と何度も呼びかけるが、その声は本人に届いていない気がしてならない。
いきなり最初から勢いが良かったその突き上げが、千尋の声が響くたびに更に速くなっていく。
千尋は怖くなって遂に泣き出しながら懇願した。
「おねがい、やめて! リボン、……ぁっ、はず、して……」
「だめだよ」
「……ッ! おねが、い…」
「だーめ」
「やだ、このままイきたくない! いやだ!」
最後には男も千尋の懇願を無視して突き上げつづけた。
そのまま不意に「ッあぁ……!」と叫んだ千尋と、息を詰まらせた男が大きく痙攣する。
リボンのおかげで千尋の精液が飛び散ることはないもののさすがに可哀想だと思ったのか、男はすぐにリボンを外してやると勢いよく白くドロドロしたものが飛び出て滑らかな肌に散らばった。
「う……あ……」
弱々しい呻きを残して放心状態になる千尋を見つめた男は、千尋の頭を軽く撫でて自分の服を着始める。
そしてそのまま憂いを帯びた表情で溜息をつき、財布から数枚の札を抜き取って義父を睨みつけながら渡した。
しかし義父はまったくそんなことにも動じず、「約束通り」と人相の悪い笑みを浮かべる。
男はスーツを着てから千尋の顔を覗き込み、
「千尋くん、つらい思いさせてごめんね。気休めにならないかもしれないけど、これ……」
その虚ろな顔の傍に二万円を置いて、義父に何も言わず家を後にした。
そして残された義父は千尋の方を覗き込み、「よかったじゃねーか、お前の稼ぎだ」と告げてフラフラと酒を買いに家を出る。
千尋はもはや何も言わず二万円を見つめて、これが自分の値段なんだと茫然と思った。
義父との生活の中で身についたのは、身体を売ること。ただそれだけ。
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