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第3章 3-誘惑
[視点:筆者]
「ねぇおじさん、俺のこと抱いてみない?」
甘い誘惑の声がとある男の耳にかかる。男は風俗が立ち並ぶ道をたまたま歩いているときに突然誘われたのだった。
目線を向ければ金髪で少々長い髪のアシンメトリー、そして可愛い気な顔をしている子どもが一人。その口元はうつむき加減だからか首元に結んだマフラーで隠れ、袖の無いダウンジャケットとセーターを着ていた。
……パッと見、性別が分からなかった。
「えっと……君、女の子?」
女の子は黒髪が良かったんだけど若いしこの子もアリかな、と考える男を笑うようにクスッと声が聞こえた。
「ざーんねん。俺、オトコ」
千尋は顔を上げ、蠱惑的な笑みを浮かべる。明らかになったその表情に男の心がざわついた。いや、それよりも。
「男!?」
「最初っから『俺』って言ってたでしょ。ね、勘違いしたなら尚更、俺を女だと思ってもらっていいから抱いてくれない?」
「……なに言ってんだ。男なんて抱いたことないし気色悪ぃよ」
千尋から顔を背けてまた道を歩こうとする男を、逃すわけにはいかなかった。千尋はすぐに腕にすがりつく。
「おーねーがーいー! 俺のこと、見捨てないで!」
「だったら同じ口説き文句を金のありそうなお姉さんに言うんだな」
すると腕にすがりついていた千尋はハッとした表情を見せ。
「あ、なるほどな。じゃあアンタに抱かれた後にそうするわ」
「だからなんで俺を数に入れてんだよ!」
いい加減警察にでも突き出そうとするが、その前に聞いておきたかったことが男の頭に浮かぶ。
「そもそもなんで、そこまでして抱かれたいんだ? 性癖?」
痛いところを突かれた千尋は「う……」と小さく呻いてしがみついていた男の腕から手を引く。
「性癖っていうのは否定しないよ。正直溜まってるし。……でも一番の理由は、どうしても金がほしいから」
そんなことかよ、と男は思った。目の前の少年が何を犯し、何を背負ってそう言っているかなんて知る由もない。
「小遣いがほしいのか。いい加減俺は風俗にでも行きたいから金だけやるよ。1万円以下な」
適当にあしらおうとして男が財布を取り出そうとすると、その手を千尋はパンッとはたいた。
「何すんだ!」
「俺は小遣いがほしいんじゃない、ちゃんとした額の金がほしいんだ!」
「お前頭おかしいんじゃないか!? なんで抱かれなくたってもらえる金がいらねぇんだよ!」
「対等にもらえる金じゃないとイヤなんだよ!」
千尋の真面目な叫びに男は一瞬ひるんだように固まる。
「……『対等』ってなんだ。お前が体売って、俺が金払うってことか」
千尋は泣きそうな顔をしながら一度頷いた。どうしてそんな顔をするのか男には訳が分からないで立ち尽くす。ただ分かるのはこの目の前の少年が遊び感覚でなく、真面目に体を売ろうとしていることだった。
まったく、バカバカしいと男は思う。こんな見たところ学生くらいの少年が、どういう背景があるかは分からないが本気の覚悟で抱かれに来てるなんて。もう世も末だと思った。
千尋は千尋で、罪悪感に押しつぶされていた。金を稼いで、何か食べて、できれば零二にささやかなお返しでもして……。なんて良いことばかり頭に浮かばせていたが、実際のところ、また零二の前から居なくなった。
脳内では零二の色んな表情があふれている。
少しでも零二に頼らないで、できれば俺も何か与えられるようになりたかっただけなのに。俺に残された手段は結局あの家の中で強制的に覚えさせられた体を売ること。……皮肉だ。皮肉すぎる。
っていうか俺、ホント頭悪すぎ……。零二だったら絶対俺のこと探すに決まってんのに。また迷惑をかけることになる。バカだ、俺……。
そう思えば思うほど、自分に嫌気がさして泣きそうになる。俺、こんなに泣き虫だったんだ。
涙が流れないよう、目の前の男から顔ごと視線をそらした。
その一連の動作を見ていた男は溜息をつく。泣きそうになるような酷いことを言っただろうか。自分に身に覚えはない。しかし……。
「……わかったよ。ホテル行こう」
「……!」
この少年の精神状態は、もうおかしい。自分よりイカれた男に捕まるよりはいいだろう。
そう思い、男は千尋の背に軽く手を当てて淫猥なネオンが輝く風俗街を歩き出した。
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