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第3章 5-交わり 後編
[視点:筆者]
「俺のこと……食べていいよ」
そっと千尋が零二の耳元で囁けば、その喉元がごくりと動くのを密着した首筋で感じた。
いつも本を読んでいたような男だ、きっと『食べる』という裏の意味をしっかりと認識してのことだろう。なんだかヴァンパイアを相手にしている様だと千尋は思った。……ヴァンパイアは食べないけれど。
千尋が少し体を離して股を開くと、恥ずかしいほど濡れそぼって勃起したペニスがある。案の定千尋は羞恥心から目を背けて顔を赤くした。
その様子に零二の中の加虐心が煽られる。その片手は自然とソレを掴み、ゆっくりと竿を上下に撫でた。
「んっ……んぅ……」
悩まし気な声が竿を上下するたびに千尋の口から洩れる。その姿だけでも十分なはずなのに。
――――零二の心は、その姿だけじゃ満足できなかった。
さっき本能的に千尋のモノを踏みつけたときに見た、あの被虐的かつ淫靡な表情と姿態が見たい。見たくてしょうがない。
千尋を幸せにしたいという気持ちと、千尋をもっと虐めたいという思いが自分の中でないまぜになる。やがて、思考は真っ黒になって停止した。……今、俺は何を思った?
「……れいじ? どうしたの?」
喘いだからか舌がうまく回っていない千尋が、手も表情も硬直させた零二を不思議に思って問う。
すると、獣のようにギラつかせていたあの目ではなく、いつもの静寂さがある零二の目が困惑と共にゆっくりと千尋を捕らえた。その腕は微かに震えている。
「……俺も曽我のようになるのか?」
「え?」
千尋は長い間しばらく考えないようにしていた男の名を聞いて心臓が跳ねる。なんで、曽我の名前が?
「え……なんで……?」
零二は千尋から一旦体を離し、千尋のみだらな液でヌルヌルとさせた自分の片手をじっと見つめた。
「……今、変な感情が流れてきた。お前を幸せにしたいって純粋に思えればよかったのに、『もっと虐めたい』とも思って……まるで曽我と感情が一致したかのようで」
ようやく、自分が理性を手放したときに現れる獰猛さと加虐性を理解し始めたのだろう。いつの日にか見てしまった千尋がレイプされているビデオテープに映っていた曽我と自分を重ねている様だ。
……このセックスに心の揺らぎがあるのは、千尋だけではなかった。
千尋はそれを感じ取り、決意を胸に零二を抱き寄せる。
「俺の目を見ろ、零二。さっきの誓い、思い出して」
「……?」
信じるべきものを見失っているかのような双眸が自分を捕らえたのを確認して、千尋は微笑んだ。
「……大丈夫。大丈夫だから。俺は優しくされるのも、乱暴にされるのも、零二が相手なら喜べる。幸せなんだ。今から確認させてやる」
そうしてすっかり萎えてしまっていた零二の竿をやわらかい手つきでしごき始める。
「ッ!」
「俺が安心させてやるから……お願い、これを俺に入れさせて?」
その言葉に零二が小さくうなずいた。それを確認して千尋は零二を座らせた状態のまま体を向き合うようにして、ゆっくりと自分の後腔にあてがう。そして今しごいた時に出た体液を自分の秘孔に塗り付けた。
「あっ……やば、これ結構きもちい……」
自分の穴をほぐしてようやく零二を迎え入れる。夢の中でさえ見られなかった願望。ドキドキした。怖い…けれどその先にいきたい。
「ん、んあっ……あ……」
静かに熱を帯びた塊が体の中を満たしていく。このカタチが、零二の形。愛するべきもの。
「ぜんぶ、入った……?」
「っ、あぁ……」
零二の顔を見れば、千尋の中が狭いのか少し顔を歪めている。
「ごめん、力抜きたいんだけど……っん……ちょっと無理、かも」
「いや、これでいい。……これが、いい」
その言葉を聞いて安心した千尋はそっと片腕を零二の背に回し、もう片方の手を零二の胸元に当てた。支えるように零二も軽く千尋を抱く。
千尋は微笑みながら零二に体を預けた。
「……わかるか? きっとこの辺りに『心の穴』みたいなのがあったんだ。でもきっと今は気づかない。俺たちが互いに埋め合ってるから」
千尋が手のひらをあてている自分の胸が温かいことに零二は気づく。そのことに目を見開いた。
……そうだ。千尋を家に招き入れた時、お互いのことを話して心に空虚なものがあると知った。千尋を抱きしめて寝た時だって、ようやく一人の人間になれたような充足感を味わったじゃないか。
あの時に揺れ動いた気持ちを、この逃亡生活の中でいつの間にか落としてしまっていた。
「『互いに埋め合ってる』ってことは……」
その声は掠れていたが、さっきの恐れのようなものは微塵も感じられない声音だ。千尋は零二の言葉にうなずく。
「うん。俺も心にあった空虚なところ、いま零二でいっぱいになってる。すごい、幸せ。俺たち、ちょっと大切なこと見落としてたね」
「あぁ」
零二は千尋に少しでもこの感謝の気持ちが伝わるようにと、唇を重ねた。
「んっ……」
千尋もしっかり抱き着いて、呼吸をしようと一旦離れた唇を追うようにしてまた口づける。
「……っ、またいつか、この大切なことを忘れるかもしれない。その時は千尋、お前に思い出させてほしい」
「うん。じゃあ俺が自分を見失ってるときは、零二が思い出させてくれるよな?」
「もちろん」
「ん。……それじゃ、動くね」
「ッ」
千尋がゆっくりと身体を上下に動かし始める。最初は慣れさせるように、次第にその上半身は零二の体にこすりつけるように厭らしく動いていった。
「あッ……あ、ん、んんッ」
途中で漏れる声を抑えようと千尋は口を閉じるが、零二の指が唇から入り込んでこじ開けられる。
「やっ……! はずかし、やだっ……」
「声聞かせて。すごくイイから」
「なに、それ……ずるい」
零二の意地悪な笑みでクラッときてしまった千尋は顔を合わせられなくなった。
やがて、トンッと零二の体を軽く押し倒す。
「脚、楽にして……うん、そう。次はちょっと違う動きするから」
そうして今度は騎乗位で腰を前後に動かし始めた。その動きの滑らかさはまるで手慣れた風俗嬢のようだ。
そっと千尋の片手が零二の腹の上に置かれて零二がその表情を見れば、あの淫靡な顔が時折喘ぎながら自分を見降ろしている。
「ねぇ零二……、さっきみたいに乱暴に俺のこと抱いていいんだよ。 ――えっちなこと、しよ?」
「ッ!」
……とんでもない一言が投下された気がした。しかし、確かにここでされるがままなのも男が廃る。
「こういうこと?」
零二は千尋の動きを見計らいながら突如、下から突きあげた。千尋が油断していたところだったため、一層強い喘ぎ声が出る。
「あんッ! ……そう、こういう感じ……たまんないっ……」
本当に困ったやつだな、と零二は意地悪く心の中で笑った。
可愛い顔をしておきながらたまに男らしい時があるというのに、セックスとなればこんなに厭らしく乱れるのか。これは誰にも譲れない、……渡さない。
零二はその独占欲を誇示するかのように千尋をベッドに押し倒す。
「え、なに……? ひぁっ」
押し倒したその瞬間に千尋の膝の裏を掴み尻が浮き上がるほど体を曲げさせて、その後腔に上からピストンを始めた。
すると奥深くまで突かれ、さらに千尋は気持ちいい部分を擦りあげられる。
「ひっ、あ、あ、あぁっ!」
ダメだ、意識が持ってかれそう。
……こんなに積極的な零二も、好き。
自分のカウパーが中を突かれる衝動でピチャピチャと首元にかかる。
「千尋」
「ん? ……っあ、なに?」
「お前を俺のものにしたい」
その突然の言葉に千尋は何度もうなずいた。
「うん、じゃあ、零二も俺のもの!」
この言葉、ちゃんと理解しているのかなと零二は頭のどこかで冷静に思うが。
「あっ、あ、あ、そこっ……そこ、気持ちい、イキそっ……!」
今はこんなに乱れてる千尋が後々冷静になったときにこの言葉を思い出したら、どんな可愛い表情を見せてくれるんだろうと楽しみにも思う。
「っ……そろそろ、イクか」
千尋は満たされたかのような恍惚の表情でうなずいた。
ピストンがさらに加速する。
「あ、あ、もっと、もっと……、――あッ!」
「くっ……!」
白濁の液が、千尋の中に放出された。千尋が先にイって、少し遅れて零二がイク。数秒間ふたりは体が痙攣して息をつめた。
「……」
そしてようやく息が吐きだされる。すべての筋肉が弛緩したかのように、零二は気だるげな動作でゆっくり千尋の中から自身を抜いた。
少し遅れて千尋の後腔から自分の精液がコポッと出るのを見た時、千尋を自分のものに出来たような気がして微かに胸が高鳴る。
「千尋」
「っは……、なに……?」
「『俺のものだ』って証、つけさせて」
そうして零二は千尋の首筋に吸い付いた。
「あっ」
千尋が小さく啼く。するとすぐに零二は顔を離し、千尋の服で隠れるかどうか分からないギリギリの位置にキスの跡がつけられた。
すると千尋がへにゃっと嬉しそうに微笑む。
「へへへ……おれ、れいじのものだね」
そう言ってすぅ……と意識を手放した。零二は傍らに寝そべり、千尋の頭をそっと撫でる。
「少しの間、おやすみ」
眠気が回ってきた。千尋の隣で目を閉じる。このままずっと、こうしていられたらいいのに。
空がじきに薄明るくなっていく。鳥の声も侘しく鳴き始めた。時折耳障りな車のエンジン音が近づいては消える。
……午前四時、夜明けの時間にふたつの寝息。
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