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第3章 6-繋がり

  [視点:飯塚]  晴天の空の下、俺と甲斐田は職員室から盗んだ鍵で学校の屋上にいる。  本当はここに、もう一人いるはずだった。  * 『仙崎千尋』が居なくなって数か月。  それはウチの副担だった曽我が殺されて経った日月と同じでもあった。  学校でどこにでも友達のいるヒロだ、曽我の殺害と結び付けられて動揺は凄まじい速さで広がって。  こんな形でヒロの影響力の強さを思い知るのは、なんだかひどく皮肉なようで嫌な気持ちになる。  しかし、夏休みを挟んだというのにこうも早く事件のことが広まってしまったのは、俺にも責任があった。  *** 「……ウソだろそれ。冗談だよな……?」  こんなに芯の通ってない甲斐田の声を聞いたのは初めてだったかもしれない。 「『情報屋』から聞いた話。嘘じゃないことくらい分かるだろ」  ヒロから最後の電話をもらった後、『情報屋』の次にこの話をしたのはもちろん甲斐田だった。  甲斐田は信じられないと言いつつ、俺が嘘を言ってるとも思えなかったんだろう。頭を掻きむしった後ですぐに俺の胸倉をつかんだ。 「おい、確かに今までその『情報屋』とやらに助けてもらってたけどよ。ソイツは一体誰だ? 詳しい話はソイツから聞き出すからよ、ここに連れて来いよ、今!」 「悪いけどそれは無理。名前を他のヤツにばらさないことが情報提供の条件なの。それに……今のお前だったら話聞いただけで関係ない奴殴りそうだし」 「ッ! ……悪かったよ」  俺の目線が胸倉にいったことで甲斐田は手を離し顔を背ける。 「……お前、こんな時でも冷静なのな。正直信じられねぇわ」 「俺だって動揺したよ。でもここでお前と二人して動揺してても何も始まらねーから、冷静なフリしてるだけ」 「そーかよ」 「それでだ。今は動揺してる暇がないと思う。ヒロは逃げ始めてるだろうけど、きっと警察に追われるわけだろ? だから今すぐに少しでも情報を撹拌させたいんだ」 「か、……かくはん?」 「……。お前に例えとか難しい言葉通じないの忘れてたわ。要は、そのー……ヒロの情報が他の野次馬とかに届かないようにするんだよ」 「どうやって」 「それは……」  それを答えようとしたとき、俺のケータイが鳴る。『情報屋』からだった。 「もしもし……え、また新しい情報? いや、今甲斐田も一緒にいるんだけど……マジ? 今すぐ行くわ」  俺と得体の知れぬ『情報屋』との会話に甲斐田がどんどん不機嫌な表情になるのが手に取るようにわかる。自分だけ仲間はずれになるのが嫌なタイプなんだろう。  しかし、それもこれで終わりだ。 「甲斐田、よかったな。『情報屋』がお前に正体バラしていいって許可をくれた」 「マジかよ!」 「でもその代わり……」 「他の奴に正体はバラすな、だろ」 「そういうこと」 「で、今の電話は?」 「また事件について新しい情報が上がったらしい。それをこいつの家で話を聞くことになった」  俺は『情報屋』のことを示すように自分のケータイを振って見せる。  甲斐田は久々に見せる真面目な顔つきでうなずいた。  * 『情報屋』の家に着くと俺は外に出ている郵便受けに指を突っ込み、『POST』と書いてある部分の裏側に密かについてるボタンを押しながら「九、七、一、五」と微かな声でつぶやく。  すると「ピー」と短めな機械音が鳴り、「裏に回って」と郵便受けから声がした。  この一連の動作を見ていた甲斐田は目をパチクリとさせ、色んな角度から郵便受けを見てから一言。 「……お前スパイかなんかなの?」  その言葉を聞くと、ヒロの緊急事態なのにダークヒーローになれた気がして少し優越感に浸る。 「だったら面白かったかもな」  そうとだけ言って、甲斐田を家の裏口へと誘導した。家はまるでモデルハウスのように先進的なデザインで、余計な家具も見当たらないほど整然とされている。  少なくとも裏口から入るとそんな感じに見えるだろう。だがリビングへと繋がる廊下には行かず、俺は裏口からすぐのところにある靴箱が設置された壁を押した。  甲斐田には驚きで叫ばないように口元に人差し指を当てる。すると目を大きく見開きながら何度もうなずきを返してきた。  壁を押すとまるで忍者屋敷のように壁が回って中に入れるようになる。ここは土足でオーケーだ。  中はコンクリート壁で薄暗く、地下に下がるように階段がつけられている。そこを下っていくと。 「扉は、閉めてきた?」  ひょろっとした細身でメガネをかけた男が中にいた。その容姿ではガリ勉な印象が浮かぶだろう。実際のところ、教室での彼はオタクなグループの中にいる。  俺がうなずくと後ろを歩いてきた甲斐田が男に指を差して、 「おまっ……A組の小岩井じゃん!」  と、大声で言ってから「しまった」と言わんばかりにすぐ口元を抑えて入ってきた扉の方を見やる。  だが『情報屋』……小岩井は、平然としていた。 「大丈夫だよ、ここは防音だから」  そうして甲斐田に室内を見せると大きなモニターとデスクトップパソコンが何台もあり、いたるところにコードが伸びているのが分かる。 「驚いたろ、甲斐田」 「えっと……ドラマとかで見る感じのハッカーか何か?」 「いいとこは突いてる」 「マジかよ!」  そのやりとりを聞きながら小岩井は高そうなヘッドホンを片耳にあててスッと片手で会話を制す。俺たちはすぐに従った。しかししばらくして小岩井は首を横に振った。 「……ごめん、大した情報じゃなかった」 「えっとさ、俺ぜんぜんこの状況についていけてないんだけど説明してくれね?」  その言葉に俺と小岩井はうなずき合う。 「今はヒロのことがあるから簡潔に話すからな。まず、俺と小岩井は幼馴染で、お前とつるむ前からの仲。昔からこいつコンピューターに強くてさ。しかも親父さんが警察だから、そこそこ金持ち」 「なんだよお前、普段地味な感じで全然金持ちっぽくねーじゃん」 「わざわざ妬みやカツアゲの対象にされるような真似はしないよ」 「あっそ」  正直家がそれほど裕福でない甲斐田は嫌みっぽい返事をする。 「それで、今やってくれてるのは盗聴」 「とうちょ……、はぁ!?」 「犯罪まがいのことをしてるのは重々承知。でもこれで今回も情報を得てるんだ」 「いや、どうやって……」 「これ以上は秘密。それよりも今は仙崎くんのことでしょ?」 「あぁ。協力してくれて助かる」  すると小岩井は何かを言おうか迷ってるような仕草をした。妙にひっかかる。 「どうした?」 「いや……あがった情報を伝えるのはいいんだけど……少し衝撃的かもしれない。仙崎くんに悪いことをするかも」 「どーいう意味だ、そりゃ」 「俺たち、聞く覚悟はできてるぞ」 「飯塚たちが良くても……。いや、わかった。その代わり、何を聞いても仙崎くんの味方でいてよ」  俺と甲斐田は意味がわからず目を見合わせるが、うなずいて見せた。それを確認した小岩井はひとつ咳払いをしてから話し出す。 「まず昨日の夜、曽我先生が撲殺された状態で発見された。それをやったのは仙崎くんで、遺体が発見された理科室の顕微鏡が一台なくなっていたことから、凶器はそれだと思われる。ここまではいいよね?」 「あぁ」 「問題はこの次。発見された曽我先生だけど……性器を出したまま倒れてた」 「は?」 「え、性器ってつまりチ……」 「言わなくていい」  俺がベシッと甲斐田を叩いた。話を催促するように小岩井を見やる。 「……つまり、あまり考えたくはないけれど……。――仙崎くんが性的暴行を受けてた可能性が高いんだ。殺害した理由はこの線が濃厚」 「――……」  俺たちは言葉をなくす。甲斐田は混乱してるようにしばらく何も言えず、片手を顔にあてた。もちろん俺だってショックだった。性的暴行? レイプ?  「おい、待てよ……。ヒロ、男じゃん。なにやったんだよ、曽我……」 「……。……小岩井、それで?」  小岩井も苦い顔をしていたが話を続ける。 「……今の話は、飯塚も甲斐田くんも仙崎くんの一番の友達だから言ったんだ。でも本人は知られたくなかった情報だと思うから、くれぐれも誰かに話したりはしないで」 「わかった」 「それと……少しおかしな点がある」 「というと?」 「曽我先生が倒れてるのを発見された時間だよ。本当なら助かってたかもしれないんだ。なぜなら、警備員が見回りをする時刻が近かったから。でも、警備員はその日見回りをしていない可能性が高い」 「ヒロか曽我と組んでたってことか?」 「曽我先生ならあり得るね。仙崎くんにヤバいことをする目的が最初からあったなら。あと、通報してきたのは佐々木先生で、学校に残ってたのはあと二、三人の先生だけだけど、学校に遅くまで居残る理由がどうも怪しいんだ。おかしな理由ではないけれど、どこか違和感があったらしい。まぁその違和感ってのは僕の父の刑事の勘だけど」 「じゃあ、そいつらもグルかもってことな?」 「うん、これはあくまで警察と僕の考えだけどね。もしかしたら冤罪かもしれないから、これも誰かに話すのはやめて」 「おう」  小岩井は事件の判明されてる部分を言いきって、軽く息を吐く。 「そして、次のが新しい情報。……もしかしたら、いま仙崎くんは松澤くんに逃亡を助けてもらってるかもしれないんだ」 「「松澤!?」」  思いもよらなかった名前に驚いてしまった。あいつ、海外に留学するんじゃなかったか? 「え、ってことは海外にヒロを連れてくってことか?」 「海外逃亡かよ! ヒロ、英語ぜんっぜんできねぇぞ!?」 「そこかよ」  しかし小岩井は首を横に振る。 「悪いけどそこまでは僕も知らないよ。でも、今回のこの事件に松澤グループから強い情報規制がかけられたんだ」 「松澤グループ……。つまり情報規制がかけられたってことは、ヒロの情報は流されないってこと?」 「どこまで規制されてるかは、さすがに危ない橋だったから探れなかった。でもきっと名前や写真は出回らないはず。……公にはね」 「じゃあその情報が出回りそうな『裏』を、俺たちがガードしてやるってことか」  甲斐田が俺の持つカメラを指さして意気揚々に言った。小岩井はその言葉にうなずく。 「そうだね。でもこれだけは言っておく。……僕らの力は、きっと僕らが思ってるよりもずっと小さいよ」  *** [視点:筆者]  外が寒くなるにつれて、千尋と零二はインターネットカフェで寝泊まりをする日が多くなった。二人で狭い部屋をとり、なんとか今日も生き延びていた。  千尋はマンガを読んで気分を晴らしていて、零二はパソコンで次に行く場所などをサーチしている。  ふと、とあることを検索したくなった。  ――――千尋の事件の情報がどこまでネット上にあがっているか、だ。  顔写真や名前があがっていると今後の逃亡にも影響する。  そして検索のヒットが出た瞬間。  零二は千尋に気づかれないように軽く頭を押さえた。  ……名前が、千尋の名前が挙がっている。  当たり前だ。むしろ出ない方がおかしいのだ。夏休みが終わっても千尋は登校してないんだから。  零二は留学の話が出ていたからなんとかいいものの、留学のことを知らない一部の人間は零二のことも疑っていた。  苦虫を噛み潰したような気持ちでネット上の掲示板を恐る恐るクリックする。 『曽我殺されたってマジ?』 『S崎がやるとか信じられない』 『嫌なヤツが消えて俺はむしろ感謝ww』  言葉は棘となって深く刺さった。そして恐れていた部分に目がいく。 『はやく加害者の写真はよ』 『それならあるぞ』  そのやりとりの後にURLが貼り付けられていた。零二はちらっと千尋の方を見てこちらを向いていないことを確かめる。  そしてそのURLをクリックした瞬間。 「え……?」  思わず零二の口から声が漏れた。  千尋が不思議に思って、甘えるように後ろから零二に抱き着き画面を見る。 「? 誰、これ」 「お前の、顔……」  そこには知らない顔が写ってた。いや、この目はどこかでみたような…? いや、顔全体が何かおかしい。気持ち悪い。  千尋はムッとして零二の前へと座り画面の横に自分の顔を合わせた。 「ちょっと待て。よく見ろ! 俺こんな顔してねーぞ! 言っちゃ悪いけど、俺の方が可愛い!」 「いや、そうじゃなくて」  零二は掲示板に戻ってその文面を見せる。千尋は自分の名前が挙がってることに恐怖して零二の服をぎゅっと握るも。 「え、あれ? 『加害者の写真はよ』の答えがこの写真? これ、俺じゃない……ん? 目が……」 「どこかで見たような…」  しばらく二人して写真とにらめっこをしてると、突然千尋が息をつめた。 「……っ」 「どうした?」 「この目……甲斐田の目だ……それにこの鼻の形! これ、飯塚のだ!」  千尋が写真の各部分を手で隠しては何度も確認する。  零二は茫然とつぶやいた。 「つまりこれは……コラージュ写真……」  その掲示板には何十枚ものコラージュ写真が加害者の顔だと掲載されていた。いったい何人分の顔を切り抜いて使ったかは分からないが、女子の顔も混ざっている。  おそらく相当な数だろうというのはすぐに感じ取れた。  画面をスクロールしていく千尋の目から涙がこぼれる。 「あいつら……すげぇこと、してくれたんだ……」  零二が少しでも悲しくならないようにと千尋を後ろから抱きしめた。  そのとき、掲示板の最後にたどり着く。 『もうごちゃごちゃした顔写真は要らねーから本物よこせ』 『これだよ』  そうして最後に掲載されていた写真には。 「――……」  ずっと前に、ふざけて甲斐田の酷い点数のテストの裏面に三人で描いた自画像の落書きが張り付けられていた。  そしてその端に小さく「大丈夫」と、あの時にはなかった文字が足されている。 「あいつらからのメッセージかもな」  零二の言葉に千尋は肩を震わせながら泣いた。  ――大丈夫、俺たちが傍にいる。  ……大丈夫、いつでもお前らが心の中にいる。  *** 「よーし、そろそろ教室戻ろうぜー」  そう言って立ち上がる甲斐田に、飯塚は前を向いたまま笑って言った。 「……決めた」 「何をー?」 「将来のことだよ。――俺、弁護士になるわ」 「弁護士!?」  似合わねぇと肩を揺らして笑う甲斐田にまっすぐな目で見つめ返す。 「それでいつかヒロが捕まったときに、弁護してやるんだよ。かっけぇだろ」 「……あぁ」  するとひとつ背伸びをした甲斐田は一足先に校舎の中の方に歩き出した。  そして頭の後ろで手を組み、空につぶやく。 「じゃあ俺はー、この町でしょぼいレストランでも開くかな。ヒロがいつ帰ってきてもいいように居場所作ってやる」  やがてパタンと扉が閉まり、屋上は静かさを取り戻した。  ……二人の将来の音色は優しさで溢れている。 第三章 -終-

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