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第4章 3-見えない笑顔
[視点:筆者]
「今日は隣町の伊藤さんのところに行ってくるから、帰りは夕方の五時頃になるからね」
「はい」
「誰か来ても絶対ドア開けたらだめだよ。特に千尋くん!」
そう言われながらビシッと指を差された千尋はぶんぶんと顔を横に振った。
「俺だってそこまでバカじゃねーもん、わかってるよ!」
「うん。あと、何かあれば家の電話から私のケータイ番号に連絡してね。零二くん番号わかってるでしょ?」
「はい。千尋にも教えてます」
「よし。それじゃあ行ってくるね」
「いってらっしゃーい!」
ドアを開いた拍子に自分たちの姿が見えないようにと二人はドアから離れた場所で池畑を見送る。
最近こういう日が増えた。
美味しい食事に、安心して眠れる場所。千尋は以前も荒んだ生活であったが、零二にとってこういった環境は久しぶりで、いかに自分が恵まれた環境に居たかを思い知らされる。
「池畑さんは、俺たちのこと本当に信用してくれてるんだな」
「え?」
「こうやって金目のものを置いたまま出掛けるだろ。池畑さんは強い人だな。人を信じることができて、許せるから」
「うん……。正直こんなに長居できるなんて思ってもなかったし。それに今までカレンダーとかない生活だったから、もう年末だなんて気づきもしなかったよな」
「そうだな。……部屋、戻ろうか」
「だな」
千尋の顔にも以前学校で見せていた笑顔が戻っている。涙もろいのかすぐ泣いてしまう癖は抜けないが、最近はつらい意味ではなく喜びや感動で涙しているのは零二もわかっていた。
零二は思う。
いつかは、ここを出ていかなければならない日が来るだろう。
でも今だけはゆっくりと羽をのばして休みたい。
*
零二は与えられた部屋で壁によりかかって座り、家から持ってきた数冊の本をゆっくり読んでいる。
千尋はというと、そんな零二の姿を体育座りをして膝から目だけ出した状態でじっと見ていた。
……気になる、視線。
「さっきから気になってたんだが」
「んー?」
「なんでずっと俺のことを見てるんだ?」
すると膝から顔を上げた千尋は微笑み……というより魅入っているような、とろんとした笑みを見せる。
「いや、零二が本読んでる姿見るの、久しぶりだなーって」
千尋のその言葉で零二も確かに、と気づいた。
「そうかもしれない。最近電車の中でも本は読んでなかったからな」
「うん。……あー、もう、ほんっとにイケメン。中身も、見た目も」
そう言いながら千尋は零二の隣に座りなおして軽く髪にキスをする。
「……ん。そしてそんなイケメンにキスできる俺は今世界で一番幸せ!」
「なんだそれ」
もう『イケメン』と言われることを否定するのも面倒になったため、零二は千尋の言葉を訂正しないことにした。
少し照れるが、千尋が笑ってくれるならそれでもいいかと最近は思い始めている。
「……なぁ、零二」
「ん?」
「俺のこと抱いて、って言ったら嫌かな」
緊張しているのか、再び体育座りに戻り顔を俯かせる千尋。
「やっぱり、引く? 性欲強くて失望した?」
「いや……」
正直なところを言うと、みだらになった千尋は魔性の魅力が満ち溢れていて、自分が体験した様に同じ男でも大半はその魅力にのまれてしまうだろうと零二は思った。普段の明るい千尋を見ていれば尚のこと。悔しいが、最近は曽我の気持ちも分からなくはなかった。
ただ、今は……。
「千尋、そこに座って」
「え?」
拍子抜けした千尋の声。零二は自分の目の前に敷いたままの敷布団の上を指さしていた。
千尋は訳もわからないまま言われたとおりに座る。なぜか正座。真面目な面持ち。
それを確認してから零二は口を開いた。
「……俺は本を読んでいました」
「は、はい。存じております……?」
「本を読んでいるときの俺は、そういう欲が一切無いことが多いです」
「はい……」
その零二の言葉を聞いた途端に千尋は残念そうにうつむく。まるで耳や尻尾が垂れ下がった犬のようだ。さらに細かく例えるなら……そう、柴犬。
零二は言葉を続ける。
「だから、俺がそういう気分になるように仕向けてください。はい、はじめ」
その言葉についていけてなかった千尋は驚愕の表情をして、
「えぇぇぇ!? ちょっと待った、質問!」
シュバッと挙手した。零二は本を閉じて傍らにおき、片手で催促する。
「どうぞ」
「あの、俺……今そういうので思い浮かぶのポールダンスしかないです!」
……なんでだよと思わず笑いそうになった零二は一瞬顔を背けてなんとか耐えた。千尋は真面目な表情のまま続ける。
「俺、体育とか運動得意な方だって思ってるけど、あれはすぐにできないと思う……。しかも肝心な棒が無いし!」
バカだな、と思ったがあえて口にしない零二。
そして「他には……」となにやらぶつぶつと呟きながら別の案を考えこんでいる千尋を見ていたら、自然と愛しい気持ちが湧いてくる。
「千尋、おいで」
いつの間にか軽く両腕を開いていた。千尋は一度首をかしげてから素直に零二のふところに入ると、微笑まれながら軽く頭を撫でられる。
「……よくできました」
「っ! 俺を犬みたいに扱うな!」
本当のところ、全然誘われてる感じがしなかったな……と思う零二とイケメンな顔が近くにあるとドキドキして寿命縮む! と思う千尋。
二人の思うところはまったく噛み合ってなかったが、それでも別に問題はなかった。
千尋は余裕の無さそうな表情と声で、立ち膝の姿勢のまま零二に言った。
「あのさ……、キス、していい?」
「うん」
すると零二の右目あたりの泣きぼくろにキスが降る。そのことに少し不満に思った零二は千尋の腰と後頭部に手をあてて、
「俺が欲しかったのは、こっち」
「――んむっ!?」
零二の手で逃げられなくなった千尋の唇をめずらしく奪った。千尋の唇を零二の舌が割って入り込み、舌を絡ませた二人は息を荒くしながらも何度も激しく唇を奪い合う。
今まで安定した生活に浸りきっていたこと、そして冬の河川敷で起こったことが二人の脳内から離れず、ずっと体を重ねることはしていなかった。
それゆえに今は早急にお互いがお互いを求めている。
零二が上半身の服を脱ぎ捨てたのを皮切りに、千尋も自分の衣服を脱ぎ始めた。その姿はやはり、女が服を脱ぐような恥じらいが見えるのだろう。千尋には男らしい面もしっかりあるが、時折女らしい一面も垣間見える。
千尋はそんなことを零二が考えていることもしらず、バスタオル一枚を羽織って蠱惑的な笑みを浮かべ、
「シャワー、浴びてくるね」
と言って階段の下へと消えていった。零二は千尋が階段を下りて行った後もその方を数秒見続け、やがてため息をつく。
確かにポールダンス云々の話をされたときには微笑ましいだけで、行為に至る気分にはならなかった。
しかし、なんなのだろう今の表情と動きは。キスを何度もしたことで行為に至る気分に拍車をかけたことにはなったが、正直バスタオル一枚羽織って一言かけられた瞬間が一番その気にさせられた。
零二はもう一度壁によりかかって座り、片手を口元にあてた。
……これは、ヤバい。
ここ最近、自分の中で心境の変化があることに恐怖を感じている。
千尋のああいった姿を見てしまっていると、あんなに憎かった曽我や、ビデオに映っていた教師たちの気持ちに少し共感している自分がその存在を大きくし始めていることに気づいた。
よく考えれば、千尋いわく春の家庭訪問の時から曽我は変わったと聞いている。じゃあそれ以前の曽我はどうだっただろう。
確か、見た目で生徒たちからからかわれて、パッとしない雰囲気だった気がする。それに、他の教師からも冷めた目で見られていた。まるで、生きがいを持たない屍のようだと感じたことがあったのを思い出す。
それが例の問題が起こったあとの曽我はどうだっただろう。
『生きがい』と呼べるほど綺麗なものではなかったが、何かに執着しているようで生徒たちのからかいなど何も感じていないようだった。そして殺害されるその日は上機嫌で、ビデオにも映っていた数人の教師から挨拶されていたのを思い出す。
つまりは、暗い人生だった曽我を救ったのは千尋。曽我にとって千尋は太陽のような存在だったことになる。
それに千尋を犯した教師たちだって、千尋のあんな姿を見たら嗜虐心くらい生まれてもおかしくない。現に、俺がそうだったから。
そこまで思考が至ると、ひとつの信じたくもない疑念が生まれる。
……俺は、曽我やあいつらを擁護してはいないか?
そのことに背筋がぞわっと粟立ったとき。
「お待たせ」
若干髪が濡れたままの千尋がバスタオルをほぼ全身に巻いて戻ってきた。
そしてすぐさま壁に寄りかかっていた零二に半ば突っ込むように隣に座ってその片腕を抱く。
「ふぃー。勢いで服脱いだままシャワー浴びに行ったけどすっげぇ寒いな。なぁ零二、あたためて?」
そうしてこちらを見上げてくる視線があざとい。零二は千尋を敷布団の上に組み敷いてその体に巻き付いたバスタオルを包みをはがすようにそっと開いた。
「あっ……」
千尋の艶めかしい声と、恥じらいでくねらせる身体がいやらしい。触れてもいない胸の突起はとっくに固くなっており、下は若干勃ち始めていた。
「どうしてここ、触ってもないのに固くしてるの?」
そう言いながら氷のように冷たい零二の指が千尋の乳首に触れる。
「ひっ! ……し、知らねーよ、そんなの……」
「そうか」
そうして乳首から手を離そうとすると手首をつかまれた。
「待って……。その……そこ、もっと弄くられたい」
「ここいじられるの、好きなの?」
「す、好き……。一番、好き。ってか恥ずかしいこと、聞くなっ……あ!」
千尋の言葉を遮るように零二が乳首を親指でつぶすように押して、こねくり回すたびに千尋は快感にとろけきった表情でいやらしく喘ぐ。
ある程度して手を離すと千尋は胸を上下させながら呼吸を整えていた。下はすっかり濡れていて、もう挿入しても大丈夫なようにも見える。
しかし傷つけないようにと、後腔に指を這わせた。指を動かすたびにビクッと体が震える千尋が可愛らしく、一本、二本と出し入れする指は増え、中の感触を楽しむ。
「んんっ……零二、そろそろ」
「あぁ」
千尋に催促されて自身をあてがい、ゆっくり挿入した。
そこで零二は千尋の体を持ち上げて対面座位になる。さっきよりも奥深くに零二のものが入って、千尋は息を詰めるとともにギュッと零二に抱きついた。
「たまには、こんなのもどう?」
零二が千尋の顔を自分へと向けさせて聞くと千尋はようやく余裕ができたのか、何度かうなずく。
「零二の、奥まで届いてる……。好き……」
それは、この体勢が? それとも俺が?
零二はそう聞きたかったが、そんな女々しいこともしたくなかったため、心の奥深くに言葉をしまう。
それからしばらく零二は動かず、挿入したまま千尋を抱きしめていた。千尋もそれが安心するのか、じっとしている。
「そろそろ、動くね」
「あぁ」
そういって千尋が腰を上へと動かして下したとき。
「ひゃっ!」
「!?」
ひと際大きな嬌声が響く。零二は驚いて千尋の顔を見ると、千尋自身も驚いているようだった。零二に掴まっている手も力が増す。
「ど、どうしよ……」
「なにがだ?」
何か大変なことでもあったのだろうかと心配になり次の言葉を待っていると。
「き、気持ちよすぎて腰、もう動かない……」
「……は?」
呆気にとられる零二に千尋は目じりにうっすら涙をにじませて反論した。
「だってしょうがねーじゃん! ここまで俺のこと大切に抱いてくれた人居なかったし、しかもそれが大本命だし! ってか池畑さん帰ってきちゃうじゃん、零二が動けよ、ばか!」
怒涛のごとく流れる言葉には照れ隠しととばっちりが含まれている。
それでも可愛く思えるのは、だいぶ俺も重症だと零二は思った。
そうして千尋を敷布団の上に寝かせて動き始めると、本当に強い快感を得ているようで、中の締め付けが強い。
零二は思う。
……これだ。俺がしたかった抱き方は。
曽我やあの教師たちとは違う、千尋を大切にする抱き方。少しでも、この思いが伝わればいい。
千尋は快感に翻弄されながら聞く。
「なんでっ……わらって、るの?」
「ん?」
……いつの間にか微笑んでいたらしい。
零二は先ほどの疑念など無くなったように優しい笑みで、あえてその顔を見せずに耳元でささやく。
「――お前を大切にしたかったから」
千尋はそのとき、どんな顔をしていただろう。
零二には自分の耳元についた雫でしか、表情を予想できない。
だが、きっと幸せに笑ってくれていたのだろう。
……そう信じることにした。
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