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第5章 1-流れ星に願いを

  [視点:筆者] 「あ゛ああああああ! また負けたー!」  千尋の悲痛に満ちた絶叫が他に誰もいない川辺に響き、近くの山からやまびこが返ってくる。  その手に握られているのは何も先端に書かれていない割りばし一本。 「だからあたしに王様ゲームみたいなことやらせんなって言ったでしょ」 「千尋くん、もう十回目だよ……。いい加減センリの強運に勝てないと認めたほうがいいと思うんだけど」  トシマの言葉にうんうんと首を縦に振りながら、センリは先端が赤く染められた割りばしをくいっと指でもてあそぶ。千尋は悔しくなって零二に助けを求めようとするが。 「松澤もトシマと同じこと思ってるな」 「……!」  途端、零二の顔が微かに強張る。 「う、嘘だろ零二! 黙ってるなんて肯定してんのも同然じゃねーか!」  零二はばつが悪そうに目をそらした。……心の中で千尋に『すまない』と思いながら。  そんな二人を気にもせずにセンリは手でシッシッと払う仕草をした。 「はいはい、諦めてトシマと松澤はテント設営。あたしと仙崎は調理担当。あぁ、あたし料理できないから仙崎に任せる」 「ちょ、それってずるくね!? 俺だって料理できないって! 零二とチェンジ!」 「だめ。王様の命令は絶対」  その後方でトシマは零二に告げる。 「あいつ、ああやって言い始めたら聞かないから、一足先にテント作っちゃおうか」 「はい。未経験ですが、それでよければ」 「教えるから大丈夫だよ。行こう」  * 「変わったやつですよね」  零二の呟きでトシマはテントの道具を取り出していた手を止めた。 「あぁ、センリのこと?」 「はい。今夜は流星群が見れるからキャンプしようだなんて言い出すとは思いもしませんでした」 「そうなんだよね。でも、あいつ強運の持ち主だから。きっと良い星空が見えるよ」  スッキリとした表情で空を仰いだトシマを零二は不思議そうに眺める。 「信じてるんですね、センリを」 「そうせざるを得ない体験をいくつもしてきたからね……。あいつは道を歩くとなったらど真ん中を堂々と歩いて、ぶつかる奴がいれば『そいつが悪い』と豪語するし、空き缶が捨てられていれば喜んで蹴り上げる。そんなやつだ。変だろ?」 「変というか……傲慢かと」 「その認識は間違ってないね。でもあいつ、時々すごく大人びた顔をするんだ。色んな人の本性を見て来てるからかな。あいつもあいつなりに何かを必死で考えてるみたいだし、心の底から悪いやつではないから警戒しないでほしい」  零二はトシマの言葉を静かに聞き入れ、うなずいた。しかし目線は未だ下を向いている。持たされているテントの骨組みを手持ち無沙汰に撫でた。 「センリからの条件である『観察』を適度になら……と承諾はしましたが、正直不安になる時があります。……今も」  トシマはその言葉に首をかしげる。 「今も? どうして」 「あなた方と過ごすようになってもう数週間経った気がしますが、その間色々な場所を巡り歩いたり、美味しいものを食べさせてもらったり、良いホテルに泊まらせてもらったり……たくさん良い経験をさせてもらいました。でも俺たちは、幸せな日々がそう長く続かないことを知っている」 「幸せな日々、か」 「はい。それにこんなに至れり尽くせりなのも自分としては申し訳ないです」  あぁ……とトシマは何でもなさそうにつぶやいて手元の道具を組み立て始めた。 「君は今、心の底から幸せ?」  発せられたその言葉に零二の瞳が少し揺らぐ。 「……はい。充実してると思います」  その言葉を聞いてトシマは優しく笑いかけた。 「よかった。それなら良いんだよ。……大抵の人は、未来を見るんだ。今の君もその一人」 「未来?」 「うん。そうして前向きになるならまだしも、悲観に暮れる人が世の中には大勢いる。本当はどうなるか、その先なんて見えないはずなのに」  零二は黙り込み、トシマの話をじっと聞いている。トシマは、零二の目をしっかり見据えた。 「今の君が見るべきは、『今』だと俺は思うよ。今をしっかり見て、今できることを全力でやる。そして全力で楽しむんだ。そうすれば君の言う幸せな日々が崩れたときも、後悔なくいられると思うよ」  川のせせらぎが、風にそよぐ草の音が呼応するようにひと際大きく聞こえる。今を見るということはこういうことなのかな、と零二は身の回りの自然を感じながら思う。 「……偉そうなこと言った後でこう言うのもなんだけどさ」 「あ、はい」 「俺たちはあの事件のことを知りたい。あのセンリが『見えない』って言ったのは初めてだと思うんだ」 「『見えない』?」 「そう。犯人像がね。最初それを聞いたときは何とも思ってなかったけど、あいつの傍にいるようになってからようやく、それがいかに珍しいことかわかったんだ」 「そうですか……。事件については俺たちもいつかは話さないと、と思っていました」 「そっか。じゃあ星空の下で焚火でも囲んでさ、ゆっくり話そう。辛いことを思い出させてしまうかもしれないけれど、俺もセンリも君たちの口からしっかり聞きたいんだ」  *  一方、千尋とセンリは。 「なぁ」 「んー?」  簡易的に組み立てたテーブルに頭を寝かせたまま、イスに座って自分を見上げてくるセンリに千尋はむずむずとした気分にさせられる。 「その……あんまりこっち見るのやめてくんない……?」 「いや、これ『観察』の一環だし」 「一環って……。お前の言う『観察』っていったい何のためにしてるわけ? つーか玉ねぎの皮ぐらい向けよな。ほら!」  差し出された……というより押し付けられた玉ねぎをセンリは嫌々受け取った。何を思うのか、玉ねぎを色んな角度から見始める。 「なんのために、ねぇ……。そりゃあアレだよ、自分のため。細かいことは後で話すから今は別にいいっしょ?」 「んー……。まぁそれならいいけど。あ、お前って未来のことも見えたりするんだろ? その……俺と零二、どうなってる?」  センリは千尋の言葉に眉をしかめた。 「はぁ? なんでわざわざ見なきゃいけないの」 「だって気になるじゃん! そういうの出来るやつが傍にいるとさ!」 「あっそ」  どうでも良さそうに呟かれるが、千尋がムッと膨れているとしばらくして、 「――……綺麗な場所」  そんな一言が返ってきた。 「綺麗な場所?」 「どっか綺麗な場所にいるんじゃないの、あんたら。幸せそう。リア充爆発しろ、粉々になっちまえ」 「お前……最後の一言余計なんだけど」  しかしすぐに千尋はぱぁっと笑顔になり、 「でもそっか。幸せそうなんだ、俺たち。嬉しいな!」  そんな子どものようにコロコロと表情を変えてはしゃぐ千尋を見て、センリは目を背けながら笑った。 「……ガキかよ」  自分の一言で、人を幸せな気持ちにできる。『慈悲の心』なんてものが芽生えたのだろうか。 「……ってセンリ! 玉ねぎの皮むき過ぎ! それもう実の部分!」 「うるさいなぁ。あたしは玉ねぎ好きじゃないからいいんだよ。あと玉ねぎのここは実じゃなくて葉の付け根」 「細かいツッコミいらないから!」  結局この二人は料理に向かず、テントの設営をし終えたトシマと零二が料理をしたのだった。  ちなみにセンリと千尋が作る途中で躓いた料理はカレーである。  ***  頭上を夜の空が覆いつくす頃。  四人はパチパチと音を立てる焚火を中心に囲んで座っていた。外は静まり返り、時折鳥の鳴き声と虫の音が響く。  千尋はじっとしてられないのか何かを言いたそうにして数秒後、やはり抑えきれずに話題を切り出した。 「あのさ、俺たちがあの時何をしたか、いい加減センリとトシマさんに話さないとって思うんだけど……」  それを聞いたセンリとトシマは顔を見合わせてうなずく。 「もちろん聞くつもりだった。……これからね」 「でも君たちだって俺たちのこと知りたいだろう? まずは俺から話すよ」  柔らかい微笑みを向けるトシマに千尋は緊張が少し緩んだのか、内心ほっと胸をなでおろした。  この数週間、トシマとセンリにはただの逃亡の手助けだけでなくたくさんの思い出をもらっている。  でもその中で二人が千尋と零二の今までについて問いたださなかったことを、零二同様胸につっかえていたようだ。  ……二人にレイプされた話をしなくてはならないのは大いに気が引けたが。  トシマは千尋の心のうちが読めたのか、ひとつ咳払いをする。千尋はハッとして、トシマへと向き直った。 「まずセンリと会った時からかな。俺はサラリーマンをしてたんだけど、道を歩いてたらホースで花に水をやってたおばさんに水かけられてさ。最悪だなーって思ったときにセンリとすれ違って、その時に一枚の宝くじを渡されたんだ」 「ま、拾い物だけどね」 「――で、仕事を残業してから家に帰ったら……離婚届が置いてあった。息子も妻もすでに居なくて」  その言葉に千尋と零二は目を見開いた。 「あ……子ども、いたんだ」  その呟きにトシマは苦笑する。 「まぁね。……やっぱり、すごいショックだったよ。それで、俺なんで仕事してるんだろ? って気持ちになって。……死のうと、思ったんだ」 「!」  千尋と零二は目を見合わせる。トシマの隣に座っていたセンリは膝を抱えてじっと目の前の炎を見つめていた。 「そんな時、センリからもらった宝くじを思い出して。せっかくだしと思って宝くじ売り場に行ってみたら、一億、当たってた」  零二は閉ざしていた口を開く。 「そのお金で、人生やり直そうとは思わなかったんですか」 「うーん、不思議と思わなかったかな。もうそれだけ、絶望してたから。それで百貨店の屋上から飛び降りようとしてたら、そこにこいつがいて」  トシマに親指で指を差されたセンリが今度は口を開く。 「……退屈だったんだよ、毎日が」 「退屈ってより、『憂鬱』だろ?」  トシマが柔らかい笑みでセンリを見た。センリは答えず炎を見つめるばかりだ。その代わりに千尋が質問した。 「なんで? そんなすごいエスパー持ってんのに」 「仮にあたしが色々見えるのをエスパーだとして、超能力持ってるやつが幸せだなんて思うなよ」 「……?」 「千尋。どんな人間だってそれなりの悩みを抱えてるってことだ」 「そうゆうこと」 「そう、なんだ……。ごめん」  素直に謝る千尋を一瞥してからセンリは話を続ける。 「今はもう思わないけど、あの時はあたしも死のうとした。贅沢にも程があるってのはなんとなく思ってはいたけど。そんな時に思い出したのが……、仙崎、あんたの事件のニュースだ」 「俺の?」 「あたしは事件のニュース越しでもその犯人がどんな行動をしたかだいたいわかる。でもあんたの事件だけ、犯人の姿にテレビの砂嵐みたいなノイズが覆いかぶさって見えなかった。しかも犯人はあたしと同い年。だから余計気になったんだ」  トシマは懐かしそうに空を仰ぎながら呟いた。 「あの時はビックリしたな……。しかも突然『あんたの命とその大量のお金、私に少しちょうだい』って言うんだから」 「言葉の通りだったでしょ」  めずらしく零二も笑った。 「まるで小説でも読んでるかのようなセリフだな」 「うっさいな、思ったことを言っただけだっつーの」  炎越しに零二をにらみつけるセンリをなだめたトシマは、再び話し始める。 「それで、俺たちは君……千尋くんの行方を追う旅を始めたんだ。最初は無理だと思ってたんだけど、センリの強運はすさまじくてね。そのうち本当に出会えるんじゃないかって気になってた」  トシマの双眸は炎越しにまっすぐ千尋をとらえた。千尋の瞳が揺れる。  千尋は零二と顔を見合わせて笑った。 「俺たちの旅とは全然違うな」  その言葉に零二はうなずく。 「俺たちは金に余裕もなければ、素性を知られたら危険だったからな」  そのとき、何かひっかかることがあったらしいトシマは顎元に手をやって首をかしげた。 「素性……。そういえば、ホテルに泊まるときってどうしてたんだ? 確か俺たちと泊まるときは免許証みたいなの見せてきたけど」 「あれは偽造の免許証です。書かれた名前も違っていたでしょう?」 「偽造!? 君たち、いったいどうやって……」 「裏のルートです」  驚くトシマに零二は涼し気に笑って細かいことは伏せる。この件には零二の父親の秘書、東條が関わっているからだと気づいた千尋は余計なことは言わず、うんうんと何度も首を縦に振った。  するとセンリが横槍を入れてくる。 「それで? そろそろあんたらの話を聞かせてほしいんだけど」 「あぁ、うん。何から話せばいいんだろ。えっと、まず零二は松澤グループの偉い人の息子で……」  そう話し始める千尋に、「そこから話すのか……?」と小さくこぼす零二。センリはじっと話を聞いてるがその横でトシマは、 「松澤グループ……。……松澤グループ!? え、まさか俺たちってあんな大企業の御曹司と旅してたのか!?」  と、無理もないが今更ながら大いに驚いて見せた。センリはその様子をちらっと見てから再び千尋と零二に向き直る。 「で?」 「それで……その、俺は義父と住んでて……」  千尋の脳内で嫌な義父の顔が浮かんだ。同時に言葉が消える。曽我から入ってきていた金がない今、どう暮らしてるんだろうと唐突に疑問になった。考えたくないはずなのに。  そして話しづらくなっていた千尋を見ていた零二が代わりに話を始める。 「……千尋は父親を昔に亡くしていて、母親が連れてきた男に性行為を強要されてた」 「……!」  その言葉をセンリは動じずに聞いていたが、トシマは狼狽えた様子を見せた。 「そんな……、その男からしても千尋くんは息子だっていうのに!?」  こんな優しい人が次の父親だったらよかったのに、と千尋は内心苦笑する。その様子を見てセンリはようやく顔をあげた。 「仙崎には話しづらいこともあるんでしょ。松澤、わかることだけでいいから話して。仙崎は話したいときに入ってくればいい」  零二はその言葉に「あぁ」とうなずき、続きを話し始める。 「それで俺たちがクラス替えを終えて迎えた高二の春の家庭訪問の時、クラスの副担任だった曽我を千尋の義父だった男が誘って……二人して千尋を襲ったんだ」  そこに千尋は言葉を付け足す。 「その時から曽我は俺の義父に金を払って、俺を好き勝手にした。俺の義父はずる賢くて、俺を使って働かなくても金が入る仕組みを作ったんだ」 「曽我……。そいつがあの事件で殺された被害者ってわけね」 「そうだ。それで、千尋はあるとき曽我を筆頭に複数の教師から……」  そこで零二が口を閉ざした。瞼の裏に残るのは、あのビデオで見たぐったりとした千尋の姿だった。 「輪姦(まわ)されたんだよ、俺。あーっと、言ってる意味、わかる?」  零二が言えなかった言葉を千尋はあえてストレートに告げる。そして周りが暗くならないように明るく言ってのけた。  しかしその言葉の深刻さはしっかりとセンリとトシマに伝わっていた。二人は暗い表情でうなずく。 「千尋は……その時にビデオを撮られていた。そしてビデオカメラを見ただけでその時の行為が連想されるほどトラウマになってな。そして終業式の日の放課後……曽我に捕まった千尋はいつも通りに性行為を強要された。それでその時あのビデオカメラを見つけて、さらにこれからまた複数人に犯されることを知った」 「俺はその瞬間にその前にあったレイプを思い出しちゃって。そしたら怖くてしょうがなくなった。そして気づいたときには、曽我を顕微鏡で殴ってたんだ。一度殴るだけなら曽我は助かったかもしれない。けど、その時は起き上がられるのが本当に怖くて……、また、倒れている曽我を顕微鏡で殴りつけた」  千尋のあぐらに乗せて組んでいた手が震え始める。それを見た零二は千尋に近づき、その手に自分の手を重ねた。 「俺は千尋が曽我に連れてかれるのを見ていて、嫌な予感はしていたが千尋と曽我の用事が済むまで待つことにしてたんだ。どうしても千尋と話したいと思っていたから。でも、夜になっても千尋が学校に残ってるのを不審に思って学校内を探して歩いてたら……その現場に立ち会ったんだ。だから俺は千尋の痕跡を出来る限り無くして、その時は理由もなく千尋を連れてそこから逃げ出した。……そうして、今まで逃げてきたんだ」 「……なんであんた、そこまで仙崎に入れ込んでたの?」 「入れ込んでた?」 「あたしなら普通そこまで待ったり探したりしないけどね」 「それは……千尋と話す前から俺たちは互いに『自分の片割れ』のように思っていて、話すようになってからそれが確信に変わったから……だと思う。千尋を抱きしめた時、ようやく一人の人間になれたような充足感があった」  千尋はその言葉を聞いて顔が火照っていくのを感じる。目の前に炎があって、この赤さを隠してくれて本当に良かったと思った。  一方、センリは一度目をつぶってからゆっくりと瞼を開き、ため息をつく。 「なるほどね。……どうしてあたしが仙崎の事件を見た時犯人像が見えなかったのか、なんとなくわかった」 「今の説明でか?」  トシマの言葉にうなずきで返した後、センリは零二をまっすぐに見つめた。 「この事件の犯人にかかっていたノイズ……――それはあんただね、松澤零二」 「……!」  零二は目を見開く。センリは話を続けた。 「あんたは世間から仙崎を守るだけじゃなく、あたしの目からも仙崎を守ったんだ。……こんなやつ、初めて見たよ」 「センリ……」  苦笑するセンリをトシマは晴れない表情で見つめる。自分たちの旅の終わりを微かに感じたからかもしれない。 「そして松澤がノイズだとして犯人が一人に見えたのは、さっき言ってた言葉の通り、あんたらが二人で一人だからだ。これは仙崎だけで成立する罪じゃない。松澤もいて初めて成立する罪だった」 「零二もいて、初めて成立する罪……」 「これはあたしが個人的に聞きたいことだけど。松澤はなんで仙崎を連れて逃げたの? 最初は突発的な行動だったかもしれないけど、後からでも仙崎に自首させることもできた。というか、仙崎は自首しようと思ってたんでしょ。それでも自首させなかった理由は?」 「それは……警察や裁判所が千尋を、その苦しみや辛さをよく分からないまま裁こうとするのが気に入らなかったからだ。それに、連れていかれたくなかった」 「……! 零二くんは不思議な感性を持っているんだね。俺は警察を正義の味方だとしか思ってなかったから驚きだよ」  零二とトシマのやり取りを見たセンリは声を殺して笑う。 「トシマは単純だからしょうがないとして。ホントあんたの考えって面白いね、松澤。あたしはそういう常識ぶち壊した考えが好きなんだ。むしろそれを探してた。あんたらがあたしと同じ学校に居たなら、少しは憂鬱も消えてたかもしれない」 「自分と似た考えの人間がいるってわかって満足したか? センリ」 「……ん。満足した」  そこで、今まで黙って聞いていた千尋が食らいつくようにセンリに聞く。 「おい、ちょっと待て。零二の考え方が面白いからって俺から零二を奪おうとは思ってないだろうな!?」  その言葉にセンリは呆れかえってため息をついた。 「あんたはバカなの? 松澤があんた以外を好くわけないじゃない。そいつの気持ちの重さをわかってないね。あーあ、松澤かわいそう」 「……へ? そうなのか、零二?」 「そういうのを当人に聞くのはやめてくれ……」  千尋の問いかけに目をそらした零二を助けもせず、センリは空を見上げる。そのとき。 「あ、流れ星」  その言葉とともにすぐに千尋はバッと立ち上がってキョロキョロと辺りの空を見回した。 「え、どこ!?」  そしてトシマはゆっくり立ち上がりながら笑う。 「千尋くんは気持ちの切り替えが早いなぁ」  零二は少々困ったようにうなずいた。 「そうですね。……火、消しますか」 「うん、そうしよう」  やがて辺りを照らすのは頭上いっぱいに広がる満天の星だけになった。  星の光だけだというのに、大地は青く、鈍く輝く。  センリは笑った。 「これからどんどん降るよ」  その言葉の後、数十秒も経たないうちに空に大きく光の線が弧を描いて飛んでいく。 「あ、零二見た!?」 「あぁ、すごかったな」 「願い事しなきゃ!」 「仙崎はしゃぎすぎ」 「別にいいだろ、これくらい」  星は次々に夜空を彩り、降り注いでいく。  その星に二人は願いを託した。  千尋は『零二が自由になりますように』。  零二は『千尋の願いが叶いますように』。  ――二人の願いが叶ったかどうかは、後にあなたが知るだろう。

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