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第5章 3-白が黒に変わる時
[視点:筆者]
今にも大粒の雨を降らせそうな黒い雲が空を覆っている。それは果てなく続き、二人の心にさえ影を落とした。
センリ達と別れてから二人は記述された住居を目指して徒歩で移動をしている。
想像以上に長く続いている逃亡生活は零二の読みを上回り、ついに電車で移動することもできなくなった。
千尋は心に渦巻いている、まるで嵐の前の静けさを不安に思うような気持ちを払うことができないままでいる。
……ついに、本田が後を追ってこなくなったのだ。
本当に追うのをやめたのかは分からない。ただ、姿を見せることがパッタリとなくなった。
そのことについて零二に話してみると、何故か口を閉ざすばかり。
千尋はスーツケースを引きながら前を歩く零二の背中を見つめていた。
本田が追って来なくなった理由を、零二は知っている気がする。
その認識の差から二人の間に軋轢が生じようとしていた。
歩いているうちにポタリと降ってきた雨粒が千尋の頬にあたり、涙のように流れていく。
千尋は自分と零二の関係にヒビが入り始めていることに気づいていた。
だからこそ、聞いてみなければ。
目の前の存在は一度空を見上げ、近くにあった屋根付きの古いバス停所を指さす。
「千尋、雨が降ってきたからあそこのバス停で雨宿りをしよう」
「うん……」
やがてバス停に着く。簡素なトタン屋根と古い木のベンチがひとつあるだけだ。冷たい風が吹いて千尋は一度寒さで震えた。
「……零二」
「ん?」
「前に聞いたけどさ、なんで本田が追って来なくなったか知ってるんじゃないの」
「……」
押し黙る背中に気持ちが溢れかえりそうになった千尋は、零二を無理やり振り向かせてその胸にすがりつく。
「なんか知ってんだろ! 頼むから……小さなことでもいいから教えろよ……。怖いんだ。零二だけ色んな事知ってて、俺だけ何も知らないことが! 一緒にいるはずなのに、なんだか遠くにいる気がしてさ……」
千尋の胸の内を聞いた零二は目を見開いた。
そして千尋の頭をなでて抱きしめる。
「……センリ達と出会った街で」
「?」
「俺がコンビニを探しに行った時があっただろ。その時に本田に会ったんだ。本田は曽我の親友だった」
「……!」
千尋が息を詰めるのが分かった。零二は話を続ける。
「曽我がお前に執着するようになったとき、本田は曽我の話をちゃんと聞いてやれなかったらしい。もう曽我は居ないからそれを謝ることができない。でも、俺たちに罪を償わせることはできる。そう言っていた」
「零二は、なんて答えたの」
「俺は……怒りの矛先を間違えてないかと言った。一見正当性があるような言い方をしていたけれど、本田が一番許せないのは俺たちじゃなくて話を聞いてやれなかった自分だってことに気づいていない気がしたからだ。しかもあいつは、千尋が義父にされてたことを一切知らないまま俺たちを追っていた」
「……! まさか、俺が家で何されてたのかも言ったのかよ!」
千尋が精一杯隠してきたことを勝手に晒し上げられたことに怒り出すのは零二にも想像がついていた。だからこそ、自分の体から離れようとする千尋を抱え込み、押さえつける。
「言ってない! ……けれど、俺たちをこれからも追うというならそこから調べてみろとは言った」
「やってること大して変わらんじゃんか!」
千尋は零二の腕を払って後ずさる。
「なんでお前は……俺が必死に隠してきたことを勝手に表に晒すんだよ……これまで俺がどんだけ必死で表の顔作ってきたと思ってんだ!」
零二は千尋の手首をつかむが、また引きはがされる。
そのことに零二が思わず舌打ちをすると、千尋は一瞬ひるんだようだった。
「お前こそ、なんで分からない!」
そう叫んで零二は無理やり千尋の体を引き寄せて両肩をつかむ。
「確かに勝手にお前のことをばらすのは悪いと思ってる。けど、それをしないとお前がどうして曽我を殺したのか誰にも分からないだろ!」
「分からなくていい!」
「よくない! 今はそれでいいかもしれないが、仮に捕まった時のことを考えろ! 刑を重くしたいのか?」
「誰もそんなこと言ってないだろ!」
「だったらなおさらだ! 本田は……いや、本田だけじゃない。警察も、裁判所もお前が何をされてきたのか知らないまま、『殺人』という罪だけ見て裁くだろう。俺はそんなの許したくない!」
その言葉を聞くと千尋は膝からゆっくり崩れ落ち、震える両手で自分の顔を覆った。
「零二の言葉を聞くと……訳がわからなくなる……。俺のことを思ってくれる言葉で、正当なこと言ってるようで、でも間違ってて……。本田だって、間違ってるとこあると思うけど正しくて。……俺はどうすればいい?」
肌を冷やす風の音と降りしきる雨の音がひと際大きく聞こえる矛盾の静寂。
零二は座り込んだ千尋を抱きしめた。
「答えは簡単だ。俺を間違えたままでいさせてくれ」
「駄目だ!」
「責任感とか罪悪感とかそういうのはいらない。ただ、ずっと俺の隣にいてくれ。……今までだって散々、そう言ってきただろ?」
覗き込んでくる零二の表情は困ったような優しい微笑みだった。
……気づくのが遅すぎた。
逃避行という旅を始める頃に言っていた零二の『責任を取る』という言葉の意味の重さを。
千尋はそっと零二の背中に腕をまわす。
この背中にずっと守られてきた。この背中を、ずっと傷つけてきた。そう思うと、世界で一番自分が卑怯な男なのだと感じた。
一番手放すべき存在を愛してしまった。永遠に手を離さず、縛り付けたい。
――……千尋の心が、音もたてずに黒に染まる。
*
雨はすぐ止まず、二人はバス停所のベンチに体を並べて座っていた。
目の前の道を通る車も人も滅多にいないため、二人の両手は指をからめた状態で握られている。
千尋は力なく零二の肩にもたれかかった。
「なぁ零二」
「ん?」
「前にさ、『雨に溶けて消えられればいい』って言ったの覚えてる?」
それは零二が海外留学を控えていた頃の話だ。懐かしく思えて零二は遠い眼差しをしながらうなずいた。
「あの頃はさ、『消えたいな』ってずっと思いながら生きてた。なのに今は自由になりたくて……生きていたくて必死でさ。なんか不思議なことになっちゃったよな」
「色んな人間に会って優しさに触れたからかもな。それに、『消えたい』って思う余裕さえ心の中に居場所がなかった」
千尋は軽く笑う。
「零二ってほんと……不思議な言い回しするよな」
なんだか前にもからかわれたようなフレーズを聞いたのを思い出し、零二も笑った。
「無意識だった」
その空間にはあの頃の二人が居る。思い出の中に置いてきてしまった学生服の自分たちを、拾いに来たように。
「……なぁ、もし雨に溶けて消えられるその日が来たら、海に行こう」
「じゃあ塵になって消えられる時が来たら、ひまわり畑にも行こう」
「いいけど、なんか旅行のプラン立てるようなノリで言うなよな」
「そんなつもりはなかったんだが……」
少しずつ『最初』に戻っていく。
そして運命は再び動き出した。
***
雨が降り止むことがないため、しょうがなく二人は濡れながら歩くことになった。
途中コンビニを見つけた零二は千尋に荷物を預け、「ちょっと傘と温かい飲み物を買ってくる」と言って建物に入っていく。
千尋がスーツケースをふたつ傍に置きながら雨が降る空を見上げていると。
「そこの若いの、ちょっといいかい」
「え、俺?」
見た目が五十代から六十代のように見え、ボロボロの服を着た男がたくさんの荷物を持っていた。
おそらくホームレスで、ゴミ捨て場から使えそうなものを拾ってきたのだろう。
「そうだ。俺はちょっと脚が片方不自由でな。近くの家まで少し荷物を運んでもらえんだろうか」
「あー……えっと、俺コンビニに連れがいて、荷物見てなきゃならないんだよね。すいません」
「そうか。悪いな」
コンビニの中の零二を見ると、客がかなり多いらしくレジには列ができていた。やっぱりだめだ。すぐには出てこれないだろう。
断ると、男は雨に打たれながら片脚をひきずり、たくさんの荷物を持ってまた歩き出す。
……見ていて心苦しくなった。
「あ、おじさん!」
「ん?」
「家ってほんとにこの近く? 少しだけなら手伝うよ!」
そう言って千尋はなんとかスーツケースふたつと男の荷物を手に取った。
*
男の言ったことは嘘ではなく、コンビニの目の前の土手を降りた河川敷にみすぼらしい『家』があった。
これなら早く戻れそうだと千尋が安堵の息を吐く。
家に着き、男は千尋にお礼を言った。
そうして千尋が「どういたしまして」と言って道を引き返そうとしたとき。
――ガシッ
「え?」
突然強い力で手首をつかまれた。そして気づく。男の目の色が違うことに。過去に何度も見てきた男たちの目と同じだった。
……ヤバい。
千尋の背筋が急激に冷える。脳内に鳴る警笛。
「ちょ、なに……」
「もうひとつ、頼み事をしてもいいか? 久々にしたくてな」
「や、あの、無理……」
零二が待ってる。心配してるかもしれない。帰らなきゃ。もう勝手にどこかにいったりしないって約束してたのに。
「顔もこんなに可愛いしな。頼む、人助けだと思って……」
「いやだ! こんな人助けなんてもうしたくない!」
「もう? 経験はあるのか。それなら話が早い、すぐ終わるからな」
「人の話聞けよ!」
ヤバい、どうしよ、怖い、怖い、怖い……!
零二の名前を呼びたかったが千尋は恐怖で声が出ない。
そしてそのまま男に押し倒される。その衝動でオレンジ色のスーツケースが倒れた。
上の服のファスナーを下ろされ、服をどんどんはぎ取られていく。
上の服はすべて脱がされ両手首に絡みつき、下に履いているチノパンが足首まで下ろされたことで身動きがとりづらくなった。
千尋は恐怖で凍り付き、小さく抵抗の言葉を口にする。
「やだっ、やだぁ……っ!」
男は舐めるような視線でうっとりと千尋の素肌を見た。
「男なのに綺麗な肌してるじゃないか。こりゃ『当たり』だな」
「まさか……、こんなやり口で他の人も……?」
すると男は不服そうな顔をする。
「そんなわけないだろう。さっきは本当に困ってたんだ。脚が悪いのも本当だ」
「じゃあなんでこんなこと……」
「本当はこんなことするつもりはなかったんだが、お前を見てたら自然にな」
千尋は大きくショックを受けていた。人に良くすれば、自分に良いことがいつか起こると信じていたから。
そして人に見られそうな外で裸にされるのは、曽我以来だ。あの顔が思い出したくもないのに嫌でも浮かんでくる。
すると、片側の肩に突然痛みが走った。
男が千尋を逃げないように押さえつけたのだ。河川敷の小石が肌に当たって食い込み、千尋は顔を歪ませる。
その視線は千尋が一番見られたくない乳首へと向けられた。
「乳首もすごい綺麗な色だ。まるで女みたいで……、どうしてこんなに尖っている?」
「んうっ!」
かさついた指が千尋の乳首を摘み、こね回す。その力強さは千尋の快感を無理やり呼び寄せた。
「あ、ん……やだ、触んな……!」
声が上手く出ない。
その理由は、男の表情の向こうに曽我の存在を見てしまったからだ。
声を出せばその反動でまた誰かを殺してしまうんじゃないかという恐れがあった。
もう人の命を奪いたくない。奪いたくないけれど。
じゃあされるがままになるしかないのか?
千尋は涙を流した。
人の命を守るために自分がこんな目に遭ってると思うとひどく惨めで、悔しくて、怖かった。
男はその舌先でじっくり見ていた乳首を舐め始める。
ひどく久しぶりに味わう、嫌悪感と快感の波。気持ち悪く生温かい舌の感触。
「あ、あん……くっ、いやだ……」
「そう言いながらもほら、見てみろ。勃ってるじゃないか」
「あんたが……はっ……こんなことするからっ……」
自分の性器が勃ってるのがはずかしくて死にたくなる。
千尋は喘ぎながら虚ろな目で空を見た。
もう助けを呼ぶ気力はない。
零二……ごめんな
*
[視点:松澤零二]
コンビニを出ると、荷物ごと千尋が居なくなっていた。
先ほどコンビニの中から外を一瞬見た時、千尋は見知らぬ男と少しだけ会話のようなものをしていたように思う。
……まさか。
何か嫌な予感がする。この感覚はひどく覚えがあった。
忘れもしない。千尋が曽我を殺した、あの夜の感覚だ。
俺は千尋を探して走り出す。
あの夜もそうだった。千尋の靴箱を覗いたときにまだ残っていた外靴を見て、言葉にできない嫌な予感がした。
千尋を探して暗い学校の廊下を歩いて探す自分と今の自分が重なる。
そんなに長く走ることはなく、すぐにオレンジとシルバーのスーツケースを河川敷で見つけた。
しかし。
嫌な予感があたる。
千尋が服を脱がされ、男に挿れられそうになっていた。
また記憶とその光景が重なる。
その瞬間を見たわけではないけれど、男の姿と高揚しながら千尋を犯していた曽我の姿が自然と一致した。
そして今まで見てきた千尋のつらそうに泣いていた顔が幾重にも重なり頭の中を過ぎ去っていく。
……瞳から光が消えた。
俺は走り出す。
脈動する俺の血が熱い気がした。いや、なんだろう。頭がひどく熱い。全身の皮膚も熱い。
「れい……じ……」
愛しい声が小さく聞こえた。
意識が一瞬、そう、ほんの一瞬頭から遠のく。
――……ゴッ!
気づいたときには、遅かった。
手に伝わる振動がやけにリアルで。
リアル? どこからが現実だ。
……違う、これが現実だ。
「はぁっ……はぁっ……」
息が苦しい。崩れ落ちるように地面に伏せた男の肩越しに両目を見開いた千尋がいる。
守らなきゃ。俺が、守らなきゃ。
あの時の理科室で見た千尋の姿と、俺が重なる……――
「ああああああぁぁああぁああ!」
いつの間にか手にしていた重量感のあるガラスの灰皿を振りかざす。
すべてがスローモーションに見えた。
俺が灰皿で殴りつける最後の瞬間、男の双眸は俺を捉える。
「零二……零二っ……!」
千尋はもがきながら両手首に絡んだ服をなんとか地面に放り捨てて、必死で俺の脚にしがみついた。
目の前では男が目を見開いたまま倒れ、その頭部からゆっくり流れだした赤黒い血が雨によって薄まっていく。
俺は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。千尋も男から目を離せないまま震える両手で俺の体にしがみつく。
右手を見ればわずかに血のついた灰皿が。これを持ってるのは、俺。これで殴ったのも、俺。
「なに……やってんだよ……」
消え入りそうな声で千尋が言った。でもどこか遠くで聞こえる。千尋の言葉よりあの目が……最後に俺を捉えた双眸が脳裏に焼き付いて離れない。怖い。
……怖い? 千尋のためならなんだってやると決めた、俺が?
思考がピタリと止まる。
男から見開いたままの目が離せない。呼吸が荒くなる。体が震えだす。
俺は、いったい何を?
……自分の中で、道を踏み外す音が聞こえた。
*
[視点:筆者]
千尋は座り込んで動けなくなっている零二と、この状況に絶句していた。
『俺のせいで、零二が殺人犯になった』
その事の重大さに震えあがりそうになったが、自分がそんなではいけないと思い、とにかく両足に絡みつくズボンを一度脱ぎ捨てて足を自由にした。
そしてすぐ傍にあった前開きのパーカーを羽織って零二を正面から立ち膝の姿勢で抱きしめる。
すぐ後ろで倒れる男を見なくて済むようにと、願いをこめながら。
「ばか……。何やってんだよ……」
声がかすれた。でも思いが溢れて止まらない。
「なんで、こんなこと……お前だけならまだ罪は軽かったのに……!」
自分がしっかりしていないと駄目なのに、自然と涙がこぼれる。
体に直に触れている零二の皮膚が熱い。
そして微かに震えている零二を、苦し気な表情で一段と強く抱きしめた。
人を殺す怖さと動揺は、一番千尋が身に染みて分かっている。
千尋は腕の中で零二の呼吸が静まるまで黙っていた。
そして数分後、ようやく零二の呼吸が落ち着いた。
「大丈夫……今度は俺が零二を守るから」
零二からの反応はない。けれど、今はずっとこうしているわけにもいかない。
千尋は零二の腕から指先までをなぞり、そっと凶器である灰皿を手に取った。茶色のガラスで出来たそれは思ったよりも重く、息をのむ。
ゆっくり立ち上がった千尋はその灰皿を自分の鞄に入れ、急いで服を着始めた。
雨に濡れた服は気持ち悪いほど肌にまとわりつき、焦れば焦るほど絡みついてくる。だが千尋は無理やり服を着て、零二に手を伸ばした。
「逃げよう」
零二は千尋を見上げて思う。曽我を殺したときの自分の行動が今は千尋に重なっている気がした。
本当に立場が逆転したかのようだ。
零二は小さくうなずき、千尋の手を取る。
*
「はっ……あぁ、ん……」
二人が逃げ隠れたのは海沿いに建てられた古びた小屋だった。もう人が住んでる気配はない。
千尋は服を着ておらず、窓ガラスに両手を付けて後ろから零二に貫かれていた。
喘ぐほどに窓ガラスは曇り、荒々しく打ち付けてくる零二との結合部分の淫猥な水音が室内に響く。
「んっ……零二、もう……!」
その言葉のすぐ後に千尋が達して、今度はその体内の脈動に零二のものが締め付けられて遅れて達した。
お互い、激しい呼吸をしている。
「千尋」
「なに……?」
「お前が曽我を殺した後、体を求めてきた気持ちが今ならわかるかもしれない。快感に浸っている間は、忘れていられる」
零二の言葉に千尋は汗を流しながら柔らかく微笑み、うなずいた。
「うん。……いいよ、俺が忘れさせてあげる。その代わり……」
千尋は自分の腰をつかんでいた零二の手を胸へと導き、触らせる。
「さっき胸揉まれたり乳首散々いじられたから、零二もそうしてよ。俺の記憶を上書きして?」
零二はゆっくりと自身を再び千尋の中へと挿入しながら、千尋の背骨と首のあたりを舐めた。
「んっ……」
「どんな風にされた?」
「胸なんてないのに、無理やり揉んできた」
バックで挿入したまま千尋の言葉通りに無理やり胸を揉むと「痛っ!」と叫ばれるが、零二の目に光は宿らず、やめることをしなかった。
「やっ……もうやめて、痛い……」
そう懇願しても零二は止めず、しかし逆に千尋は好きな男に乱暴にされている快感に溺れつつある。普段の零二なら痛いと言えばすぐやめてしまうだろうから。
そしてその手は綺麗な色をしてツンと尖った乳首を力強く弄る。
知的で、冷静で、優しくて、たまに抜けてて。
そんな男が内に秘めている獰猛さに千尋は改めて魅せられた。
やがて正常位に体位を変えたとき、千尋は妖艶な振る舞いで零二の首元に腕を回す。
黒く染まった千尋の心は、この状況を喜ぶ心と悲しむ気持ちでいっぱいだ。
零二をさらに暗いところへと導いて、人生をもっと搔き乱してしまった。
……でも、これで自分と本当の意味で一緒の位置に立てる。
*
しばらくして、気力がなくなるまで交わった二人は寄り添うようにして眠っていた。
ふと、千尋の目がゆっくりと開かれる。裸にブランケットのようなものを羽織っただけの恰好だったため、寒さで目が覚めたのかもしれない。
千尋はブランケットを手繰りなおして、横で疲れ切ったように眠る零二を見つめた。
大丈夫、零二は俺が守る。
命をかけても、全力で。
だから……ひとつだけ、約束を破ることを許して。
そう胸の中でつぶやいた千尋は、涙を流しながらそっと零二にキスをした。
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