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とまどいながら【5】
残念ながらと言うか当然と言うか、エクスプレスの本番でいきなりゲイビへの出演を伝えた俺は、社長の予想通り収録後充彦さんと勇輝さんに捕まった。
というか...拉致られた。
部屋に連れて行かれ、目の前に電話を置かれ、今すぐビー・ハイヴに連絡して『断れ』と。
二人とも、めちゃめちゃ顔が怒ってる。
勇輝さんにいたっては、怒りが募り過ぎたのか軽く涙目だ。
ありがたい...本当にありがたいと思う。
知り合ってそれほど経たないというのに、こんな俺を本気で心配し、本気で考えてくれているからこその怒りだ。
大切に考えてくれているから。
だから......
だからこそ、俺はこのままではいけない。
「断り...ません」
「航生! お前、ようやく自分の本当の夢に進む為の軌道修正したんだろうがっ! せっかく自分の体を傷つけるような現場抜け出したってのに、まったく...何言って丸め込んだんだよ、あのクソジジイ。充彦、こいつが自分で断れないならお前から社長に言って! 航生が恩を感じてるからって、よりによってこんな話押し付けやがって...ついでに、『ふざけんな』ってぶん殴って...」
「俺は断りません! ゲイビデオを謳ってる以上、セックスシーンはあります。俺は抱かないといけません、抱かれないといけません。だけど...本読んで、担当さんの熱い気持ちを聞いて、俺が自分で決めたんです。誰に強制されたわけでもない、俺がやりたいと思ったんです!」
反論するとも、食ってかかってくるとも思ってなかったんだろう。
一瞬目を大きく開くと、勇輝さんの動きがピタリと止まった。
立ち上がりかけていたその体をポンポンと叩き、充彦さんが一旦座るように促す。
「さっきお前さ、『本読んでみて』って言ったよな? ゲイビなのに、そんなにちゃんとした台本があるの?」
「......あります、ちゃんと読ませてもらいました。これまでにも、それなりにちゃんとドラマ仕立てのゲイビデオってあるにはあったんです。ただ、演じる側の技量の問題もあったんだと思うんですけど、それが主流にはなりませんでした。でも今はAVの一ジャンルとして『女性向け』『内容重視』っていうのが確立されてます。そんな状況なら、今回のビー・ハイヴさんの新しいレーベルコンセプトである『意味のあるセックス』は受け入れられるかもしれない...演者と制作者がそれだけの作品を作れば、ちゃんと一つのジャンルとして確立させられるんじゃないかって。俺は台本を読んでみて、男性との絡みへの恐怖心よりも、この作品に関わりたいという気持ちが強くなりました。それくらい内容は素敵でしたし、担当さんのレーベルへの熱い思いを感じました」
「......そうか。お前が自分なりに色々と考えた上で出演を考えたってのはわかったよ。でもさ、今のお前は女性との絡みを勉強する事の方が大切なんじゃないか? そこは自分が一番よくわかってるだろ? それに、ゲイビに出てるってなると、今後共演を嫌がる相手役も出てくる可能性あるんだぞ?」
「ビー・ハイヴの方でも同じような話は出たそうです。それでも敢えて俺を選んでくれた、俺だから使いたいって言ってくれたんです」
「だからそれが丸め込まれてるって!」
「勇輝はちょっと黙ってろ。これは俺が、事務所の役員の一人として、所属タレントに話を聞いてるんだ。いいか、航生? お前が会社に対して一定金額の利益を生んだら、会社の業務として...つまりはお前の金銭的な負担はゼロで学校に行かせてやるって約束になってる。それは覚えてるな?」
感情的に大声を上げる勇輝さんを、充彦さんが冷静に抑える。
その顔はいつもの甘いものではなく、まさにビジネスマンだった。
「勿論です」
「逆に言えば、お前がそれだけの利益を出せなければ、いつまでもこの仕事を辞められないって事だ。いくら『自分で貯金できましたから、自力で学校に行きます』と言ったとしても、それは認められない契約になってる。それも覚えてる?」
「わかってます。当然、俺が辞める時は...会社に『よく頑張った』と認めてもらえた時だと思ってます。そしてそのためにも...俺は今回の話を引き受けたんです」
「ん? どういうこと?」
「今のままの俺では、どれだけ努力をしても勇輝さんのオマケでしかありません。充彦さんのようなテクニックも勇輝さんのような圧倒的な存在感も無い。このままずっと勇輝さんにフォローしてもらってなんとか仕事をもらい続けるなんて...俺はそれに納得ができません。だってそれでギャラを貰ったとしても、それは自分の力で稼いだ物じゃない。二人と一緒にいさせてもらって、一緒に仕事をさせてもらって、俺...胸を張って堂々とギャラを貰える『プロ』にならなきゃって改めて思ったんです。俺だから使いたい、俺でなければ意味がないって言ってもらえるプロになりたい。今の俺を使いたいと言ってくれるのなら、ゲイビデオだろうがヌードモデルだろうが...何でもやります」
テーブルの上に乗った充彦さんの長い指が俺の話の間ずっとカツカツと音を鳴らしていて、それが苛立ちを表しているみたいで心臓のバクバクが収まらない。
胸が痛いくらいだ。
でも俺に言える事は全部話したし、これ以上反対されてしまうと、もう言い返すだけの言葉が無い。
ずっと不規則に爪の音を響かせていた指の動きが止まった。
「その台本、面白かったんだ?」
「はいっ! ものすごく青臭くて不安定で、だからこそ儚くて綺麗で...俺を選んでくれた理由はわかりませんけど、でもとても素敵なストーリーです。相手役の方にも近々顔合わせさせてもらう事になってるんですけど、噂の通りなら...きっと素敵な出会いになるって信じてます」
「そうか...わかった。勇輝、諦めろ。航生は本気だし、プロとして腹括って引き受けた仕事だ、外野の俺らがどうこうするわけにいかない」
「だって...だって航生、絶対適当な言葉で騙されてんだよ...都合よく言いくるめられてるんだってば......」
「お前、今言いながらもちゃんと気づいてるだろ? 航生はそんなにバカじゃない...一回あれだけ痛い目に遭ってるんだから尚更だ。勢いでイエスって言ってしまったなんて事なら俺らが入って謝ってやる必要もあるだろうけど、これは自分なりに必死で考えて出した答えらしい。昔の辛い記憶を抑えこんでしまえるくらい、この新しい仕事に興味が出てるんだよ。だったら俺らは、『しっかり頑張れ』って背中押してやるしか無いだろ?」
勇輝さんはまるで小さな子供みたいに頬を膨らませ、唇を尖らせたままで俯いた。
ひょっとすると泣いている顔を見せまいとしてるのかもしれない。
俺は椅子から立ち上がると、そんな勇輝さんを背中からキュッと抱き締めた。
「ありがとうございます」
「......何がだよ」
「普段は怒らない勇輝さんが、なんか俺に対しては怒ってばっかりですね。でもそれが嬉しいです...ほんとの兄弟みたいに思えて...」
「......エッチする時、相手があんまり下手くそだったら...現場メチャクチャにしてもいいから逃げて来い」
「大丈夫ですよ、ゲイビ界でも屈指のテクニシャンだって評判の人ですから」
勇輝さんを抱き締めたままの俺に怒るでもなく、充彦さんはキッチンへと向かった。
温かいお茶を淹れてくれるのか、それとも酒盛りの準備だろうか。
初めて抱かれた時のときめきとは違う温もりや安心感を覚えながら、俺は勇輝さんを抱き締める腕に力を込めた。
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